宵闇に沈んだ学園の敷地内。
俺たちの知る限り、今ここにいるのは俺と美琴だけ、の筈だ。
だが。
目に見えたわけではないが、向こうの暗がりを誰かが歩いているのがわかる。
俺でも美琴でもない誰かがここにいるとすれば。
‥‥‥そいつが。
「見つけた。いたぞ美琴」
痛む頭を押さえながら俺は茂みの向こうを指差し‥‥‥途端に走り出そうとする美琴を慌てて抑える。
「まだ向こうは気づいてないみたいだ。距離もあるし、今騒ぐのはまずい」
「えー? でも、早くしないと逃げられちゃうよ?」
「だからなるべく静かに」
正直、頭痛も酷い。騒いだり走ったりしたくないのはそのせいもあった。
「とにかく、相手に気づかないうちは、ゆっくり近づ」
小さい声で言い終えるよりも早く。
「仕方ないなぁ」
呟いた次の瞬間には、まっすぐに伸ばされた美琴の右手は向こうの闇に巨大な何かを向けていた。美琴の背丈ほどもあろうかというそれは、まるでSFアニメのロボットが構えるビーム兵器か何かのように、
「って待てちょっと待て! どっからそんな物騒なモンを出した美琴!」
「物騒って‥‥‥大丈夫だよ。ただのバスターライフルじゃない」
顔だけこちらに向けてにっこりと笑いながら美琴は引き金を引く。
そこにあった校舎がひとつ、突然湧き立った光の柱に呑まれて消えた。
耳をつんざくような轟音が止むと、暗闇の先に移動する影が見えた。‥‥‥どうでもいいが、あれだけ派手にまわりが吹っ飛んでるのに、どうしてあいつは一緒に消し飛ばなかったんだろう?
「ああっ逃げられた! もう、撃つ時に話しかけちゃダメだよ」
遠ざかりつつある影を美琴の銃口が追いかける。
「平然と言ってる場合じゃないだろ! 没収だ没収」
慌てて俺はその銃を取り上げた。
「だって、やっつけないと直樹の疑いが」
「いいか美琴よく考えてみろ」
がらん、と重たい音をたてて地面に転がったそのバスターライフルとやらに片足をかけて、美琴が拾えないようにする。
その上で、美琴の両肩に手を置いて、俺は美琴の両の瞳を覗き込んだ。
「俺の夢遊病疑惑とお前の殺人罪、どっちが重罪だ?」
美琴はふっと視線を逸らした。
「命なんて安いものよ。特にわたしのはね‥‥‥」
「馬鹿っ!」
思わず、がくがくと美琴の肩を揺さぶってしまう。
逸らした視線の先に動くものがあった。
突然、美琴の背に翼が現れる。見たことのある翼。それは確か、初めて会った時に‥‥‥
考えることに注意が行き、力が緩んだ一瞬の隙を突いて、俺の手を振り解いた美琴はその場に浮かび上がり、どこからともなく取り出した別のバスターライフルを両手に一丁ずつ構える。
「ターゲット確認! ツインバスターライフルで障害を取り除く!」
「今度はツインかよ!」
まだ踏みつけたままにしているバスターライフル一丁で校舎がごっそり消し飛ぶような威力だ。
二丁も同時に撃ったらこの敷地をまるごとクレーターにしてしまいかねない。
「やめろ美琴! やめ」
必死に掴もうとする指さえも触れられないまま。
最後まで言い切ることすらできないまま。
天地を貫く光の中に、俺によく似た誰かと、そして蓮美台学園は跡形もなく溶けて。
「任務、完了」
傍らに降り立った美琴が静かに告げる。
‥‥‥気がつくと、俺の頭痛は何故だかすっかり治まっていた。
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