「祐一、どうしよう?」
どこか嬉しそうに、名雪が部屋の奥を指差す。
「どうって‥‥‥どうしようも何も、どうにもならないだろ、これ」
取り敢えず祐一としても、苦笑いを浮かべるしかない。
秋子はそこで‥‥‥寝かしつけた真琴とあゆのすぐ脇で、誰がどう見ても、一緒に眠ってしまっている。
眠っている筈なのに、時々、子守り歌の欠け片が寝息に混じる。
動き方が緩慢でも、やたらと長い周期でも、真琴とあゆの背に交互にとんと置かれる手は、未だに規則的な往復を止めてはいない。
寝ていても団扇の動く親心、とは誰の川柳だったろう?
「私の時も、あんな風にお母さんが寝かしつけてくれたのかな」
「いや。そんなことないと思うぞ」
祐一は即答した。
「お母さんより答えるの速いよ祐一。でも、どうして?」
「おやすみなさーいって布団被って十秒後には寝てるような子に、寝かしつける努力なんか必要ないだろ?」
「うー。そうだけど、昔もそうだったかどうかとか、私、わからないし」
そう言いながら名雪が口を尖らせるのはどういうわけだろう。
坊やは、よい子だ、ねんねしな。
途切れ途切れのメロディは、その坊やたちがもうねんねしていて、その耳に届いていないことに気づかないのだろうか。
「あ。でも、女の子相手に『坊や』って、おかしいよね? うん」
突然、曇りかけていた名雪の顔が明るくなる。どうも今思いついたらしい。
「そこ突っ込んでどうするんだ名雪?」
「うん。だから、いいんだよ。私が寝つきがよくっても、そのせいでお母さんが私に『坊やはよい子だねんねしな』ってあんまり歌ってくれなくっても。私、女の子だから」
「だからそこは別に突っ込むとこじゃないって。っていうか、そこの真琴もあゆも一応女の子だし」
もしかしたら名雪は、他の子にお母さん盗られたとか思って‥‥‥要するに、あのふたりにやきもち焼いてるんじゃないのか。高校生にもなって。
ちょっと呆れたような仕種で、祐一は両手を軽く持ち上げてみせる。
いい子だから。
早く寝ましょうね。
‥‥‥なゆき。
何度目かの子守り歌に挟まった名前は、その手で触れた背中への言葉なのか、それともドアの近くで自分を見つめる姿への言葉なのか、それは確認のしようもない。
再び寝息をたて始めた秋子にも掛け布団を肩まで掛けて、名雪と祐一は真琴の部屋を出る。
「祐一。あのね、祐一」
後ろ手でそっとドアを締めてから、言いづらそうに名雪が言った。
「子供っぽいって笑わないでね。でも私、今、ちょっと嬉しかった」
思い切り笑ってやってもよかった、のだろうが。
「いいんじゃないか? よかったな」
笑う代わりに、祐一はそっと名雪の頭を撫でた。
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