「アイスクリームが食べたーいっ!」
例によって橘さんがそんなことを言い出し、またか、と僕は肩を竦めた。
「アイスクリームくらいその辺のコンビニに売ってるでしょ? 自分で買って来ればいいじゃない。この部室だってクーラーがついてるワケじゃないんだし、コンビニの方が涼しいんじゃないの?」
この部室、とか言ってるけど、ここは本当は寮の僕の部屋だ。‥‥‥自分で言っててちょっと悲しい。
「あら、暑いのは別にいいのよ。夏は暑いものでしょう?」
「そりゃそうかも知れないけど」
「それよりアイスクリーム、あ」
拳を上げて熱弁を振るう橘さんの手が、卓袱台の上に広げられていたポテトチップの袋を引っ掛けた。それはぱーんと派手な音をたてて床に落ち、開いた口から中身をばらばらと撒き散らす。あーあ。
「掃除しといてよ? 橘さん」
溜め息混じりに僕は言う。
「い、言われなくてもやるわよ。だから恵くん、その間にアイスクリーム買ってきて」
「はあ? 何でそうなるの?」
「私がアイスクリーム買いに行ったから誰も掃除しないのと、恵くんがアイスクリーム買いに行っている間に部屋が掃除されてるのと、どっちがいい?」
そこでにっこり笑ってみせたって、ダメなものはダメだ。
「どっちがいい、じゃないでしょ?」
僕の部屋を散らかしているのは橘さんで、アイスクリームが欲しいと騒いでいるのも橘さんだ。どっちにも僕は関係ない。だから、
「橘さんが自分で買ってきて、自分で掃除もすればいい。それがいちばん正しい」
「もう。融通利かないんだから」
ぶつぶつと呟きながら飛び散ったポテトチップを集め続ける橘さんが、
「そうだ! アイスクリーム部ってどうかな?」
そんなことを言って突然手を挙げるから、集まりかけたポテトチップはまた散らかってしまう。
「‥‥‥はああ?」
「それでね、売ってるアイスクリームを端から食べ歩いて本とか作ったり、学園祭にアイスクリームの屋台出したり。おもしろそうじゃない?」
思いつきはいつだっておもしろそうなものだ。思いついた瞬間は何だってそうだ。
「いいんだけどさ、それ新聞部のままでも全部できるんじゃないの?」
「だーって新聞部はまだ部活じゃないし。アイスクリーム部の方を部活にしてもらって、その部費で新聞部をやるとか、何かいろいろあるじゃない」
「アイスクリーム部なんて、新聞部よりも望み薄じゃないの?」
「いっちいちネガティブねー。‥‥‥ま、いいわ。とにかく、アイスクリーム」
結局そこに戻るのか。
「文句ある?」
橘さんが口を尖らせる。‥‥‥あるけど、いいや、もう。
「それで、何がいいの?」
「えーとバニラとチョコチップとラムレーズンと、それと」
「ひとつじゃないの?」
「ケンキューのためだもん」
‥‥‥橘さんの場合、笑うとかわいい、という事実は一種の犯罪だと思う。
そしてもちろん、僕が買い物から帰ってきても掃除は終わっていなくて、僕はアイスクリームを買いに行った上に結局掃除も手伝うことになったのだった。
いつものこととはいえ、もう少し何とかならないかな、こういうの‥‥‥。
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