「いなきゃよかった、って、まだ思ってるか?」
祐一は尋ねた。
「そうね、思ってるわ。‥‥‥でも、多分」
そこでひと息ついて、香里は長い髪を掻き上げる。
「多分ね、こんな風じゃなかったとしても、結局、あたしは後悔するしかないんだわ」
「そうかも知れないけどな」
何やら息苦しそうに、祐一は首元を指で摘む。
「でも、あの時俺たちが思ってたような最悪の事態は、もっと最悪だったと思うんだけどな」
「‥‥‥どうかしら」
おとがいに指を当てる。考え込む仕種。
「それはわからないわ。未来の可能性がいくつあったとしても、現在はひとつしかないんだもの。違っていたらどうだったか、なんて」
「考えたってしょうがない、か」
「それに、相沢くんがどう思ってるかは知らないけど、あたしにしてみれば、この現在だって結構酷いわよ?」
香里の後ろで、音もたてずに扉が開いた。
「祐一、新婦さんは用意できたよ」
名雪に手を引かれて、真っ白いウェディングドレスを纏った華奢な少女がしずしずと部屋に入ってくる。
「ああ、独り身の姉を差し置いて妹はさっさと嫁いじゃうわ、よりによって相沢くんに『お義姉さん』呼ばわりされるわ。ねえ、こういうのも、ちょっと不幸だと思わない?」
言っている言葉の割にはまんざらでもなさそうに微笑んで、
「ほら」
その後ろに回り込んだ香里は、とん、とウェディングドレスの背中を押した。
「あっ」
慣れないハイヒールのせいで少しよろけた少女が、白いタキシードを着込んだ祐一の腕の中に収まる。
「もう、とっとと嫁っちゃいなさい、栞。お幸せにね」
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