「タバスコはなくても粉チーズはあるんだな」
かちゃり、と小さな音がして、背の低い壜に蓋が置かれた。
「それはそうだよ。ちゃんとブロックのチーズを買ってきて挽いたんだよ?」
続いて祐一がその壜を手に取り、小さな匙で掬った粉チーズを自分の取り皿に撒く。
「名雪が?」
「お母さんが」
「秋子さん偉いです流石です」
「私は?」
小首を傾げる名雪を他所に、少しの間考え込んでいた祐一は、
「‥‥‥それはさて置き」
チーズの壜をテーブルに戻した。
「さて置いちゃダメだよ」
が、言いながら名雪に手渡されたその壜を受け取ってしまい。
「って、あ」
さりとて、受け取ったからどうしようというものでもなく。
両手に壜を持たされたまま、祐一は途方に暮れた。
「わ・た・し・は?」
改めて、自分を指差してみせる仕種。
「このチーズに関しては何もしてないだろ別に」
「うー。そういう意地悪言ってると、ソースのお鍋下げちゃうよ?」
「ちょっと待て名雪、コレまだ半分くらい残ってるのに」
祐一がフォークの先で大皿の縁を軽くつついた。
「そしたら祐一は、そのまま食べるとか、赤唐辛子をかけて食べるとか、ああ、タバスコ買ってきてジャポネーゼにするとか。‥‥‥紅しょうが、出した方がいいよね?」
「だから紅しょうがはいいからもう。つーか名雪はどうするんだ? まさか名雪だけそのソースで食べるとか言わないだろうな」
今度は名雪が、しばらく考え込んでから。
「そういえばその手もあったね」
「しまった薮蛇かっ」
「それに、私はまだ、お楽しみが冷蔵庫に入ってるから。祐一も食べる?」
「あー、それはまあ、それで何が出てきても、ソースなしとかタバスコだけとかよりはいいかも知れないが」
「そんな、ないよりマシ、みたいに言わないで欲しいよ祐一。せっかくの、とっておきのイチゴと生クリームなのに」
「イ‥‥‥」
そのまま反復しかけたところで、凍ったように祐一が停止した。
取り落としたチーズの壜がテーブルの上に倒れて、テーブルクロスに粉チーズをざーっと振り撒いてしまう。
「あー。ダメだよ祐一、ちゃんと持ってないと」
「ごめん。‥‥‥なんで謝ってるんだ俺?」
「壜、落としちゃったからでしょ?」
「すまん。それは悪かった。でもその前が釈然としない感じというか何というか」
「もう。祐一が意地悪さんだからだよ?」
「だからそれが、限りなく言い掛かりに近いような気がするんだが‥‥‥まあ、いいや。チーズはともかく」
手が空いた祐一は、不意に立ち上がって。
チーズはともかく、のところでまた眉間に皺を寄せかけた名雪のおとがいに指を伸ばす。
「おいしいパスタはありがとう。名雪、偉い」
「ん。どういたしまして」
遅れて腰を浮かせた名雪の唇は、ちょうど零れた粉チーズでできた湖の上空で、祐一の唇に遭遇した。
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