「なんだ名雪。いつにも増して眠そうだな」
「んー、そんなことないよー」
俺に言わせれば全然そんなことはなかった。登校中で歩いてる最中だってのにちっとも目が開いてない。
「ちょっと最近、悩んでることがあって」
「それは珍しいな」
「おかげであんまり眠れなくって‥‥‥昨夜なんか、寝ついたの十時くらいだよ」
ふあ、と欠伸混じりに名雪は話すが、俺が寝ついたのは二時過ぎだ。日に何時間寝れば気が済むんだ一体?
「それで、何をそんなに悩んでるんだ?」
「んー‥‥‥陸上部の、部長さんがねー」
寝言のような小さい声で名雪が話す。
「陸上部の部長さん、って、名雪のことじゃないのか?」
「そうだけどー、もうそろそろ交替の時期だからー」
部活をやっていない俺にはよくわからなかったが、確かにまあ、そういう時期もあるだろう。
「で? 部長が交替するのがそんなに問題なのか?」
「んー。私は、加恵ちゃんでいいと思うんだけどー」
「部長がいいならいいんじゃないか? その加恵ちゃんが誰だか知らないけど」
「でもねー‥‥‥裏の部長さんとー、闇の部長さんとー、影の部長さんがー」
「う、裏? 闇? ‥‥‥影?」
覗いてはいけない陸上部の深淵を覗いてしまったような気がして、俺は慌てて振り返った、けど。
「んー、眠いよお‥‥‥」
予想もしなかった一言を口にした名雪の方は、相変わらず眠そうに目蓋を擦っているだけだった。
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