「うわ、降ってるな」
「ん。降ってるね」
「ついてないな」
「そうかな? でも、降ってきそうな感じはしてたよ?」
「傘持ってきてない人がそういうこと言っても説得力ないし」
「うー‥‥‥そこを突かれるとちょっと。でも、祐一だって持ってきてないでしょ? 傘」
「だから言ってるだろ」
「え?」
「ついてないな、って。‥‥‥図書館に本を返して戻る間くらい、あのまま降らずに保つ、って信じて疑わなかったからな。今日の場合は」
「祐一がそういう風に信じて疑わないと、雨は降ってこないの?」
「なんだ、知らなかったのか? 実は俺は幾多の伝説を築いた晴れ男なんだ」
「でも降ってるよ?」
「‥‥‥訂正。実は俺は、幾多の伝説を築いた晴れ男だったんだ」
「んー。そしたら、降られちゃった分はイチゴパフェで手を打つよ」
「晴れ男伝説が過去のものになって人が悲しんでいるというのに、なんでこの上、名雪にまで手を打たれなきゃいけないんだ」
「踏んだり蹴ったり?」
「踏まれたり蹴られたり、だろ。むしろ。‥‥‥しかも、今日降られなきゃ夢の三桁勝利だったのに」
「え、そんなことずっと数えてたの?」
「まったく、ついてないな。こんなにも日頃の行いがいい俺なのに、どうしてこういう大事な日に限ってこんなにもツキがないんだ」
「あ。ねえ祐一、ついてないのって」
「ん?」
「新月、とかは関係あるかな?」
「新月? なんで急に新月なんだ?」
「確か今日は新月の日だよ。だから晴れてても、今夜はお月様が見えない日」
「‥‥‥だから月がない、とかいうオチだったら却下な」
「う。‥‥‥やっぱり、却下?」
「駄洒落とは、駄目な洒落」
「うー。ごめんなさい」
「まあ、イチゴパフェ三杯分マイナス、くらいで手を打ってもいいぞ」
「わっ! そっそんなの困るよ祐一っ」
「そんなに慌てるようなことか。大体それでもまだたくさん残ってるだろ? 十杯くらいか?」
「あ、数えようか? んーとね。ひとつ、ふたつ、みっつ‥‥‥」
「って何だそのメモ帳は」
「えーとね、えーと、三杯引いたら、あと二十二杯だよ」
「まさか何気にさっきの追加をちゃっかり足してから三杯引いてるんじゃないだろうな?」
「そっそそそんなことはないですじょ?」
「どっち見て喋ってるんだ名雪。舌噛んでるし」
「うー。バレちゃったよー。残念だよー」
「別にいいけど。俺はもう数えてないからわかんないし。っていうか、パフェの数なんていちいちメモってたのか」
「ずっと前から書いてたよ? このメモ帳も六冊目だし。っていうか、お天気の数を憶えてる方が変だと思うよ?」
「放っとけ」
「それで、何杯だって?」
「だから、二十二杯、だよ。もちろん、全部百花屋さんでね」
「何がそんなにいいんだ? イチゴパフェなんてどこでも同じだろ?」
「とってもおいしい。器が大きくていっぱい入ってる。イチゴがいっぱいついてる。バニラのウェハースもついてる」
「イチゴのパフェなんだから、ウェハースはなくても別にいいんじゃないのか?」
「そんな‥‥‥パフェについてるウェハースの重要さがわからないなんて‥‥‥もう、それだけで人生のしあわせの半分くらい損してるよ、祐一」
「そんなに重要か?」
「ウェハースがついてないなんて、そんなの、その場で五十点減点。期末試験なら赤点決定」
「じゃイチゴがついてないのは?」
「そんなのイチゴパフェじゃないもん。落第」
「‥‥‥そうだな」
「他にもいっぱいいっぱいあるけど、とにかく私は、百花屋さんのイチゴパフェがいいんだよ。でもね、いっぺんに返ってきちゃうともったいないから、時間をかけて、ゆっくり味わって。これはそういう風に返して欲しいな、って」
「ふむ。それで、ひとつ質問だが」
「何?」
「俺には何が返ってくるんだ?」
「紅しょうが」
「一秒かよ。しかも紅しょうがだけかよ」
「ああ、ウェハースも要るよね、もちろん?」
「要りません。念を押すな念を。大体なんで紅しょうがにウェハースだ」
「じゃあ、お母さんのジャムとウェハースでもいいよ? ん、お好きなものをお好きなだけ、お好みの組み合わせで。よりどりみどり。わー」
「わーとか言うな。しかも真顔で当たり前みたいに言うな」
「それで祐一、どっちがいい?」
「丁重にお断りいたします」
「残念」
「心底残念そうだな」
「もちろんだよ」
「なんてこった」
「‥‥‥まだ、降ってるな」
「‥‥‥ん。まだ、降ってるね」
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