「あまり深くなり過ぎないように、スコップで少し穴を掘って」
目の前のプランタに盛られた土に幾つか浅い穴が開いて、
「球根を置いたら、上から土を」
そこに手際よく球根が納められていく。
「このプランタの大きさでしたら、球根は五つくらいずつでいいと思います。では、やってみてください」
説明しながら手を動かしていたちひろが顔を上げると、必要以上に感心した顔の直樹と恭子がぽかんと口を開けていた。
「仁科先生? ‥‥‥久住先輩?」
「あ、ああ、はいはい。ほらボサっとしないの久住!」
「うわ酷え! 自分だってすっかり魂抜けたみたいな顔してたくせに!」
「何ですって? 私、そんな変な顔してないわよ?」
「さっきの顔で鏡と相談してから言ってください」
「くぅぅぅぅずぅぅぅぅみぃぃぃぃ?」
「あの‥‥‥ええと‥‥‥?」
どうでもいいことで言い合いを始めるふたりを、引き攣ったような笑顔のちひろが見つめている。
「で、埋めてみたんだけど、これでいいの? ちひろちゃん」
ややあって、自信ありげにちひろの方へプランタを押し出すのは直樹だ。
「埋めて、って‥‥‥」
いかにも球根が収まっていそうな小山が、明らかに、ちひろが指示したよりも数多く盛り上がっている。
「これ、いくつ植えたんですか?」
「近くにあったのを全部だから、十二個とか、それくらいだったかな?」
「植え過ぎですよ。あんまり多過ぎると、ちゃんと育たなくなっちゃいますよ?」
「あれ、そうだっけ?」
気まずい笑みを漏らす直樹をよそに、ちひろはそのうちひとつの土を指で掻き分けてみる。
「プランタはまだありますから、半分くらいをそちらに植え替えてください。深さとか、土の盛りかたは、このプランタと同じくらいで大丈夫ですから」
「おっけー」
ひとつ頷いて、直樹は空のプランタを手元に引き寄せる。
「できたわよ橘。これでいいんでしょ?」
直樹のプランタの審査が終わるのを見計らって、恭子はちひろに声をかけた。
「はーい‥‥‥あれ?」
「久住みたいにいっぱい埋め過ぎたりしてないし、大体こんなもんだと思うんだけど」
得意そうにちょっと胸を反らす恭子の仕種を見て、ちひろは逆に溜め息を吐く。
「‥‥‥もしかして、何かおかしい?」
「あの、どうしてこんなに土が平らなんですか?」
「え?」
確かに、恭子のプランタの表面は几帳面なまでの平坦さで綺麗に整地され、まるで今からその上にアスファルトでも敷くかのように、きっちりと固められている。
「だって、埋めるんだから、これくらいしないとダメかなって‥‥‥あはは‥‥‥」
きっとスコップの腹でばんばん叩いて均したのだろう。そう思ったら何だか悲しくなってきて、もう一度、ちひろは溜め息。
「こんなに綺麗に固めてしまったら、芽が出て来れないかも知れませんよ?」
「え、そうなの?」
「はい。芽が出る時に土が固いのはよくないんです。上の土はこんなに綺麗になってなくても大丈夫ですから、もう少し優しく植えてあげてください」
「わかったわ。埋め直しとく」
「‥‥‥あの」
「久住先輩も仁科先生も、どうして球根のこと、埋める、って言うんですか? 球根だって生き物なんですよ? なのに何か、物とかを適当に埋めるみたいに‥‥‥埋めておしまいにしちゃうみたいに‥‥‥」
悲しそうに俯いて、そして、
「お願いですからちゃんと植えてあげてください! 埋めたりしちゃ駄目ですっ!」
決然と顔をあげた、今にも泣き出しそうなちひろの声と表情に、直樹と恭子は、それまでの自分が何をどう間違っていたかを、痛切に教えられることになった。
「ごめん橘。私たち、ちょっと適当過ぎたわ」
「そうですね。弁解の余地ないです。ちひろちゃん、悪かった」
「いえ。私の方こそ、言い過ぎちゃってごめんなさい」
そんな風に色々あった揚げ句のことではあるが、球根をプランタに植える作業は無事に終わった。
ちひろの持参した小さなポットを囲んで、ハーブティで一息ついているところだ。
「埋めるんじゃなくて植える、かあ‥‥‥橘と私たちじゃ愛が違うわね、やっぱり」
叱られた子供のような重さを抱えてしまった心に、ハーブティの暖かな香気が穏やかに染み渡る。
「そんなことないですよ」
途切れ途切れの会話も、何故だか、居心地の悪いものではなくて。
「優しいね、ちひろちゃんは」
静かに眺めやる三人の前で。
並べられたプランタの白い縁に、夕陽のオレンジ色がゆっくりと忍び寄り始めていた。
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