「えーっとね。橋の人がふたりと、子供がいっぱいいてね、橋の人はこうやってて」
真琴は名雪の正面に立ち、両手を掴んで持ち上げる。
「それで、みんなで歌いながら、子供がいっぱい、手の下を通るの。ローンドン橋落ちたー落ちたー落ちたー」
大学受験を控えた祐一と名雪はちょっと微妙な顔をするが、もちろんそんな細かいことを真琴が気に留める筈もない。
「ローンドン橋落ちたーさあどうしよー、で」
名雪の手を掴んだままだった真琴の腕が勢いよく振り下ろされた。不意を突かれて少し驚いたのか、わっ、と名雪が声を漏らした。
「この時に、この手の中のところにいた人が負け、っていうの」
「負け? ‥‥‥ちょっと待て。ロンドン橋って、勝ったとか負けたとかの話だっけ?」
横で見ていた祐一が口を挟む。
「え、橋が落ちるだけでしょ?」
言いながら、名雪は少し首を傾げる仕種。
「あれ? ロンドン橋って、そういえば、どうして落ちるのかな?」
「真琴、その歌って続きとかないのか? その前とか」
「お遊戯でやった時は、習ったのはそこだけだったよ‥‥‥続きとか、あるの?」
当たり前のような顔をして、真琴はそう訊き返してくる。
幼稚園では先生役をしている筈の真琴だが、結局一緒に『習って』いるあたり、『ちょっとだけ年長の園児』と表現する方がずっと実情に近い。よくも悪くも、それも真琴の真琴たる所以ではあるだろう。
「橋が落ちるんでしょ? んー、橋のこっちと向こうで、戦争でもしてるのかな」
名雪はまだ考え込んでいた。ぶつぶつと呟く。
「名雪と真琴が、か?」
「そうそう私と真琴ちゃんが‥‥‥って、え? なんで?」
「そりゃ、橋の向こうが真琴なんだから」
向かって右側の真琴を差した祐一の指先が、
「こっち側は名雪だろ、今?」
それを追いかけて動く三人分の視線を連れて、すーっと空中にアーチを描き、左側の名雪に辿り着く。
「あう‥‥‥でも、名雪と戦争はちょっと嫌だな。祐一だったらいいけど」
上目遣いに名雪の顔を見上げながら、真琴はいきなり話の矛先をずらした。
「お、俺ですかっ」
「そうだね。私も、真琴ちゃんよりは祐一が相手の方が戦争しやすいよ」
しかも名雪はあっさりと真琴の味方についた。
「何だそりゃ。つーか一体俺を何だと」
「だって朝起こしてくれないし。いい加減だし。あんまりイチゴパフェ奢ってくれないし。ぱんつ見るの好きだし。‥‥‥敵、だよ」
「ねー」
そしていつしか、名雪真琴連合軍対祐一、という図式ができあがっていたのだった。
「ねーじゃない! つーか後ろの方半分くらい全然関係ないし」
確かに、最後はともかく、残りの大概は言いがかりに近いものではあった。が。
「ねー、のこと?」
「ねー違うっ!」
例によって、祐一の言い分が意に介されることはなく。
名雪の両手を離した真琴は、今度は、祐一の両手を高く持ち上げた。
‥‥‥開戦、の合図だった。
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