「せっかくなので嘘つきになってみようと思います」
窓越しによく晴れた朝の青空を指差して、おもむろに栞が宣言する。
「起きないから奇跡、って言うんでしょう?」
傍らの香里はいい加減な生返事。ほんの一瞬そちらへやった視線も、すぐにダイニングテーブルに大きく広げられた日経新聞に戻ってしまった。
「あ。お姉ちゃん、もしかして信用してませんね?」
「ほら。春休みだからっていつまでも自衛官募集ポスターの真似してないで、栞もとっととトースト食べちゃいなさい。冷めるわよ」
取り合う素振りすら見せない。
好悪の情はさて置き、目に見える態度は相変わらず冷淡な姉なのであった。
「‥‥‥むー。こうなったら絶対今日中にお姉ちゃんを騙してやりますっ」
「起きないから奇跡、って」
そこまで言って、
「あら」
何かに気づいたように、香里はダイニングテーブルへ身を乗り出した。
両手を突いた手首のあたりで新聞がかさりと音をたてる。
「ちょっと、そんなこと言ってる場合じゃないわよ栞? バニラビーンズの関税が明日から倍になるってここに書いてあるわ。もしかしたら、アイスクリームも値上げになったりするんじゃないの?」
「えええええっ! そんな、そんなことになったら人類史上最悪のピンチじゃないですか!」
釣られて栞も覗き込んだ新聞の紙面の上で。
「ってこれ、ただのテレビ欄じゃないで‥‥‥すか‥‥‥」
香里の右の人差し指は『09:55 渡る世間は鬼ばかり[再]』と番組名が書かれたマスを示していた。
口に出して何かを答える代わりに、にたり、と香里の唇が歪む。
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