実は、この中に、うらぎりものがいます。
恨めしげに宣告した栞は、その周囲を取り巻く人々の顔をぐるりと眺め渡す。
途端に何やら心配げな表情になる祐一。
取り敢えずポーカーフェイスを決め込んだらしい北川。
既に呆れたような顔をしている香里。
相変わらずにこにこ笑っている名雪。
‥‥‥俄に凍てついた雰囲気に包まれるその病室に、見舞いに集った四人の容疑者は立ち尽くす。
「何だ香里、何か心当たりがありそうだな」
「違うわよ‥‥‥いえ、そうね、心当たりといえば心当たりかも知れないわね。犯人のことではないけど」
「え? 犯人じゃないって、何に心当たり?」
「起きている事件の方よ。まあいいわ、それで誰が裏切ったの?」
「それをいきなり訊くあたりがいかにも香里だよな。誰が裏切ったかはともかく」
「そうだね。あたしは犯人じゃないから犯人を探してるんです、って言わないけど言ってる感じ?」
「というコトで、美坂じゃないのか?」
「何よみんなして失礼な。あたしが栞を裏切ったりするわけないじゃない」
「だってこの間まで散々」
「ダメだよ祐一」
「‥‥‥いや、そうだな。香里はそんなんじゃない」
「ひょっとして相沢、お前何かおかしなことをしたんじゃないのか?」
「ありえる話よね。公認のバカップルだからって、彼氏は彼女に何してもいいんだーっとか。若気の至り?」
「聞き返すなこら。何が若気の至りだ」
「祐一‥‥‥祐一がそんな人だったなんて‥‥‥幻滅だよ」
「いやだからちょっと待て。俺が栞を裏切ってどうするんだ? そんなことあるワケないに決まってるだろ」
「いちばん怪しそうに見えない人がいちばん怪しいのは推理物の定石よね」
「だからそういう怪しいことをぼそっと言うな香里。とにかく栞を裏切るのは俺を裏切るのも同然だわかってるだろうな裏切った奴っ!」
「わかったけど顔が真っ赤だよ祐一」
「そっとしておいてあげなさい名雪。そっちで栞も赤くなってることだし」
「で、栞に何をしたんだ北川? お兄さん怒らないから正直に話してごらん?」
「待ておい相沢、猫撫で声で何言い出しやがる。っていうか何だその振り上げられた握り拳はっ」
「ねえ、やめようよ祐一。香里が振り向いてくれないことに業を煮やした北川くんが栞ちゃん相手にいけないことを企んだ、って動機がいくら見え透いてたとしても、証拠もなしに友達を疑うのはよくないことだと思うよ?」
「それは一体何の台本を棒読みしてるの、名雪?」
「え、あれ、違った? なんか推理物の定石とかさっき言ってたから、そういう動機だったらあり得るかなあ、って今一生懸命考えたんだけど」
「つまり名雪には見え透いて見えるワケか。北川の動機とやらが」
「だから、いいからまずその花瓶を降ろせ相沢! つーかお前らなあ、いくら俺が‥‥‥俺がっ」
「俺が何よ、北川君」
「そんなこと美坂の前で言えるかっ!」
「‥‥‥結局自爆してるのな。ほとんど答えたようなもんだし」
「‥‥‥北川くん、ちょっと不器用さんだね」
「‥‥‥まあいいわ。その続きは後でゆっくり尋問するとして」
「うああああああああああああああああああ」
「そういえば、名雪は怪しくないのかしら?」
「わたし? わたしがどうして怪しいの?」
「だって、北川君の動機が仮に動機として成立するとしたら、名雪にだって似たような動機がある、ってことにはならないかしら? もう振られた筈の相沢君なのに、燃え残った想いが募る余り、その彼女である栞相手によからぬことを企んでしまった、なんて」
「ああ、なるほど。‥‥‥そうだね。うん、あったよ、私にも動機が」
「時々そういう恐いことを無邪気そうに言うわよね、名雪って」
「いや、でも、言われて気づいたようなのを動機って言うと思うか、普通?」
「言わないでしょうね。わかってるわよ相沢君、名雪はそんなことしないって。ただ一応、全員を疑ってみる必要はあるだろうなってこと」
「ところで、俺の動機はそういうことだったことに既になってるワケか?」
「そんな昔の話なんか誰もしてないわ」
「‥‥‥まあ泣くな北川。明日という字は明るい日と書くんだ」
「俺のカレンダーに明日と書かれた日なんてなかった」
「北川くん‥‥‥ちょっと可哀想だよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。裏切った人が私に何をしたか、私まだ何も言ってないじゃないですか」
「‥‥‥あら、そうだったかしら?」
「そうですっ!」
「で、誰に何をされたんだ、栞?」
「だからどうして俺の方を睨みながらそういうこと訊くかな相沢は」
「誰かはわかりません。とにかくですね」
内緒でアイスをいっぱい食べたことが先生にバレてさっき怒られたんですと栞は言った。
誰かがそれを密告したに違いありません、と。
‥‥‥さらに凍てついた雰囲気に包まれるその病室で、四人の容疑者は一斉に深い溜め息を吐く。
「それじゃ聞くけど栞。そのアイスのカップはどこに捨てたのかしら?」
「ええと、そこのゴミ箱にぽいっ、と」
「それだったら、それを回収に来た人が密告したって考える方が自然じゃないのかな」
「つーか密告とかじゃなくて、心配してくれてるんだろ? 栞の『いっぱい食べた』は本当に『いっぱい』だからな」
「うっ」
「それに、検査したからバレたんだったら、そういうことがわかる検査もしたんじゃないの?」
「た‥‥‥確かに、やっぱり体温がちょっと低い、とか言われて、それで」
ここまでを踏まえてもう一度質問するけど、結局、うらぎりものは誰だったのかしら?
‥‥‥ダメ押しのように香里にそう問われて、栞はおずおずと自分の右手を挙げるしかなかった。
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