兄さん死ーぃー、兄さん死ーぃー、兄さん死ーぃー、兄さん死。
‥‥‥まず、茉理にステンレス製の丸盆の角で撲殺されたのを皮切りに。
兄さん死ーぃー、兄さん死ーぃー、兄さん死ーぃー、兄さん死。
ちひろちゃんには屋上から重いプランタを頭上に落とされた。
美琴には口や鼻から窒息するほど杏仁豆腐を詰め込まれた。
結先生にはそれをプリンでやられた。
恭子先生には熱いコーヒーで満たされた風呂に無理矢理首を突っ込まれた。
兄さん死ーぃー、兄さん死ーぃー、兄さん死ーぃー、兄さん死。
最後に、いかにも後ろ手に包丁か何かを隠し持っていそうな保奈美が現れて。
「うーん、本当に効いてるのかな? なおくん、朝だよ、なおくん」
‥‥‥勿論俺は、生きててよかったとばかりに、すぐさまその場に跳ね起きたのだった。
保奈美と茉理と三人で通学路を歩く。素直に起きざるを得なかった状況のせいで、今朝は慌てて走ったりしなくても間に合いそうだ。
「今朝の夢見の悪さは極めつけでさ」
自分で喋った声に疲れが出ているのがわかって、もうそれだけでさらに疲れた気分になってしまう俺を後目に。
「うわあ、効果テキメンって感じですか?」
「そうだね。ふふっ」
茉理と保奈美は何かひそひそと喋りながら意味ありげに笑う。
「‥‥‥もしかして、何かやったのか?」
「ううん、何もしてないよ?」
「ただちょっと起こし方を工夫してみただけ」
「だからどんな起こし方だよそれは」
「んー」
わざとらしく首を傾げてから。
「呪いのルンバ」
妙に嬉しそうに、目の前のふたりは声を揃えてそう言った。
そういえば、朝方珍しく顔を合わせた英理さんが、保奈美や茉理と似たような笑い方をしていたことに気がついたのは数学の授業中で。
早速その晩、俺は仕事から戻ってきた英理さんを問い詰めることにした。
「あら、バレちゃったかしら?」
言っている言葉の割にはバレることなどまったく警戒していない感じで、英理さんはくすくすと笑う。
「何ですか呪いのルンバって?」
「保奈美ちゃんと茉理にちょっと教えてあげたんですよ。あんまり起きないようだったら、直樹くんの耳元で歌ってごらんなさい、って」
兄さん死ーぃー、兄さん死ーぃー、兄さん死ーぃー、兄さん死。
そういえば今朝、茉理みたいな声でそんなことを何度も言うのが聞こえてたような‥‥‥何となく、そう思った途端に。
丸盆を振りかざした茉理が。
プランタを蹴り出したちひろちゃんが。
巨大な杏仁豆腐とスプーンを両手に構えた美琴が。
プリンのカップを持ち切れないほど抱えた結先生が。
激しく湯気をたてるコーヒー風呂の前で腕組みした恭子先生が。
そんな光景ばかりが次々と、しかも何度も何度も脳裏をよぎるから、俺の身体は反射的にそこで縮こまって身を潜めようとして、ダイニングの椅子から転げ落ちてしまった。
「あらあら。ちょっと効きすぎちゃったかしら?」
英理さんがまた笑う。
「笑いごとじゃないですよ本当にもう。大体何ですかその、兄さん死ーぃー、って」
「それは本当に、ルンバはそうなんですもの‥‥‥ちゃんと知らない人は大体二拍目を頭にしようとするんです。それで二拍目の動きを最初に持って来ようとしたりして、結局カウントが合わなくなっちゃう人が多くて。そういう人のカウントの取り方が」
二ぃ、三、四ーぃー。二ぃ、三、四ーぃー。二ぃ、三、四ーぃー。二ぃ、三、四。
‥‥‥確かに、そう思って聴けば、英理さんの口遊むそれは、一がないことの帳尻を四を伸ばして合わせようとする四拍子、でしかない。
「でも知らないで聴くと、何だかお兄さんに呪いをかけてるみたいでしょう?」
「だから、呪いのルンバ、ですか。じゃあ茉理にそれを歌わせたのも」
「ええ。従兄ですから、保奈美ちゃんがやるよりも効くかと思って」
ぐったりと、俺はテーブルに突っ伏す。
「効きすぎです」
追求を切り上げて、今夜はもうとっとと寝てしまうことにした。
しかしこれでは‥‥‥明日も寝覚めが悪そうだ‥‥‥。
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