たいやきやいた[26640320]  


  

「カイブンだよ、祐一」
 祐一がそれを見せられたのは、二限が終わった後の休み時間だった。
「カイブン?」
 名雪が手にしているメモ用紙には、その文句一行だけが書かれている。

 たいやきやいた

「なるほど、回文だな」
「そうなんだよ、怪しい文だよね」
「?……噛み合ってないな。これはあれだろ?上から読んでも下から読んでも同じになる、回文」
 名雪はまさに今気が付いたかの様に、目を瞠る。
「本当だ、すごいね祐一」
「いや、そうじゃなくて、これがどうしたんだ?」
「それが、よく分からないんだよ」
 名雪の説明によれば、前の休み時間にトイレへ行き、そこで気が付いたらしい。
 今朝はよく覚えていないが、少なくとも昨夜までは入ってなかったと言う。
「ハンカチを洗濯機に入れるときに確かめたから、絶対だよ」
「とすると、名雪が寝た後に?」
「ううん。多分、部活の練習中じゃないかと思うんだ」
 今朝は陸上部の朝練があって、名雪は早くに家を出た。
 当然制服は更衣室に脱いである。
 その最中じゃないかな、と名雪は言った。
「どちらにせよ、謎だな」
 祐一はもう一度メモ用紙に目をやる。
 ミミズがのたくったような、お世辞にも綺麗とは言えない字だ。
「なんと言うか……寝ぼけた誰かさんが書いたような字だな」
 祐一はその視線をそのまま名雪へと向ける。
「わ、私じゃないよ、と思う……多分」
「どの道、この文の意味がわからないな。最近、例えば授業で習ったとか?」
「流石に無かったと思うよ。小学校じゃないんだから」
 名雪は苦笑して答える。
「取り敢えず、誰かに聞いてみるか」



「カイブンか。そうだなあ」
「いや北川、俺は香里に聞いてるんだが」
「だんすがすんだ、とか、たけやぶやけた、とか。倒産コンサート、とか」
 祐一の話も聞かずに、知っている回文を適当に挙げる北川。
(イイとこ見せたいのか?)
 やや眉間にしわを寄せて北川を見つめる香里。
 祐一と名雪は顔を合わせて苦笑する。
 昼休み、名雪は陸上部の部員数名にあたって見たが、特に情報は得られなかった。
 それでは名雪に親しい人間を、と言うことで香里に聞こうとしたのだが、
「あとは、そうだな……台風吹いた、とか、肉の多い大乃国、とか」
 北川が止まらなくなっている。
「……雪の日の桧湯」
 香里が呟く。
「悔いて聞いて見て生きていく」
「たった今、朱鷺、生き生きと舞い立った」
「ながきよのとおのねぶりのみなめざめなみのりぶねのおとのよきかな」
 立て続けに、回文を諳んじる香里に、北川は声を失う。
「……す、すごいな美坂」
「一昨日の古文」
「は?」
「誰かさんが寝てる間に先生が雑談として話題にしてたわ」
「そ、そう」
 結果的にダメ男を演じた北川はがっくりと肩を落とす。
(香里に居眠りまで気にしてもらっている、と言う事実に早く気が付けばなぁ)
 口には出さないが、名雪も多分同じことを考えているような顔で、北川と香里を交互に見ている。
「カイブン、ねえ」
 北川を沈黙させた後、香里は改めてその文字を見つめた。
「あとは、特に連想するものは思い浮かばないけど」
「……そうだよなあ」
「もっとも、栞だったらタイヤキアイスの網焼きとか、すごい物を思い浮かべそうだけど」
「……そうだなあ。いや、それどこから突っ込んでいいのかわからん代物だぞ」
「私もそう思うわ」
「とにかく、意味がわからん。いや、タイヤキはわかるけど」
「たいやき、ねえ」



「と、言う事であゆ、この……」
「んぐ?」
「……とりあえずそのタイヤキを食ってからで良いから」
 言われた途端、手にしていた数尾のタイヤキに、交互にかぶり付く。
「……俺は口に入れていた一匹だけのつもりだったんだが」
 いまさら止める積もりも失せた祐一を尻目に、瞬く間にそれらを平らげると、あゆは満足げにぷはーと息をついた。
「わかってないなぁ、祐一君。タイヤキは獲れ立てが一番なんだよ」
「盗れ立て?」
 香里が首を傾げる。
「まあ似たようなもんだろ」
 祐一はため息を吐いた。
 放課後、学校を出た祐一と名雪は、成り行き上、香里・北川を伴ってあゆを探しに出た。
 さほど苦労も無く、いつもの辺りにいつもの袋を持ち、いつものように逃走するあゆを捕まえて、祐一達は近くの公園へと移動した。
「しかし、あゆちゃんはホンとに美味そうにタイヤキを食べるなー」
「え、そうかなーまあ美味しいのは確かだからね」
「いやいや、俺もタイヤキになったら、これぐらい美味そうに食べて欲しいもんだよな」
 北川が微妙なほめ言葉であゆに話しかける。
 と、横目で睨むように見ていた香里が
「あら、私はこっちの方が美味しそうだけど。……ねえあゆちゃん?」
 右手であゆの小さい顎をクッと持ち上げると、顔を近づけてゆく。
「え?あ、あの、ボク」
 うろたえるあゆ。と、それ以上にうろたえる北川。
「み、美坂?そんな、え?そ、そうだったのか!だから俺には……ううっ」
 がっくりとうなだれる北川に、名雪が、
「北川君、ふぁいと、だよ」
 と、フォローになっていないような声援を送る。
「……名雪、素で追い討ちをかけるなよ。香里も、悪戯は止めとけ。北川が自殺しかねん」
 ふふっと香里は笑うと、左手でハンカチを取り出し、あゆの顔に残った餡子を丁寧に拭いてやった。
 北川が落ち着くのを見計らって、祐一は改めてあゆに件のメモを見せた。
「で、だ。この文句に、心当たりはないか?」
 あゆは祐一からメモを受け取ると、じっとそのミミズ文字を見つめる。
「たいやきやいた……」
「タイヤキといえば、とりあえずお前だろうと思ってな」
「……こ」
「こ?」
「これ……」
 見る見るうちにあゆの表情が驚きへと変わる。
「知ってんのか!?」
「……う」
「う?」
「美しいよー!」
「……………………は?」
 呆気にとられる面々を置いて、あゆはメモ用紙を両手に持ったままぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「完璧すぎる言葉だよ!神の定理、悪魔の真理、いやうちゅ」
 ズビシッ
 色々な意味で宇宙に飛びそうなあゆ。の、頭を直撃する祐一の手刀。
「まあとにかく、この回文である怪文には心当たりが無いんだな?」
「うぐぅ…ボクは知らないよ〜」
「そうか……一番有力だったんだがな」
「有力って、相沢、お前は俺と香里以外には聞いてゲフッ」
「大丈夫?」
 先程の数倍の威力を発揮した突っ込みに倒れる北川。に、台詞ほどには心配していない香里の声がかぶさる。
「とにかく骨折り損だったな」
「どうする?祐一」
「一旦帰るか。ほら、よく言うだろ、『現場百回』。犯行現場をもう一度洗うってやつだ。部活中で無ければ、やはり自宅が怪しい。秋子さんか、もしかしたら真琴が何か知っているかも」
「そうなの?香里」
「相沢君のことだから、疲れて面倒くさくなったんでしょ」
「い、いやほら、北川の手当てもしないと。ほら、起きろよ」
 図星を指された祐一は、自分でのした北川に肩を貸して歩き出した。
「あ、待ってよ。祐一君」
「どうした、あゆ」
「ボクも行くよ、この事件は、何か匂うんだ」
「タイヤキの匂いが?」
「そうだよー!」
「……好きにしてくれ」
 疲れた顔の祐一の後ろを、軽い足取りであゆがついて行く。
 名雪と香里も、苦笑いしながらその後を追った。



「ただいま」
「あら、お帰りなさい」
 玄関を開けた祐一達は、丁度廊下にいた秋子と出くわした。
「あらあら皆お揃いね」
 謎が解けずにやや疲れた表情の面々を、クルッと見渡す。
「ええまあ、色々在りまして」
「それは大変ねえ」
 話も聞かずに秋子は相槌を打つ。それからもう一度皆の顔を見渡すと、娘に向き直り言葉を投げかけた。
 ……衝撃の一言を。
「名雪、ところでどうだったの、『たいやきやいた』は?」
「……」
「えっ?」
「…は?……あの、秋子さん、その『たいやきやいた』を知っているんですか?」
「あらあら、やっぱりそれが原因ね」
 皆の視線を受け止めたまま、秋子はにっこりと微笑んだ。



 水瀬家の食卓。テーブルを囲む名雪・祐一・あゆ・香里・北川・秋子。
 そしてみなの視線は、テーブル中央のホットプレートと、その脇の一対の金型。
 金型が先程まで入っていた箱には、かわいらしい丸ゴシックで、『たいやきやいた!』と書いてある。ご丁寧にも、!マークの棒はこれまたかわいらしい、漫画チックな鯛のイラストでデザインされている。
「つまり、このホットプレートに、別売りのこの」
 と言って祐一は金型を取上げ、
「『たいやきやいた!』を取り付けることにより、御家庭でも簡単にタイヤキを作ることができます、と」
「う、うん。そう言う事だよ」
 名雪がやや引きつった笑顔で答える。手には先程からボウルを抱えて中の生地をこねまわしている。
「すごいよ祐一君!技術革新だよ!おーばーてくのろじ」
 ズビシッ
 空気を読めずにはしゃぐあゆ。の、頭に飛来する祐一の手刀。
「うぐぅ……」
「それで?秋子さんの提案で、学校帰りに、新しくできた大手スーパーにこれを買いに行くことが決まった……そうだな?」
「ところが、この子ときたら朝は何時もの調子なので」
 秋子さんは困ったようにちょっと首を傾けながら、缶詰のふたを開ける。
「せめてメモを書いて持っていくように言ったんですけれど」
「名雪は何時もの如く夢心地ながらに、一応メモを書いた」
 祐一が言葉を継ぐ。
「そしてそのまま部活の練習をし、良い汗とともにその記憶を綺麗さっぱり流してしまったと言う訳だ」
 ズビシッ
 名雪が口を開く前に、祐一のツッコミが飛ぶ。腕の中のボウルが一瞬バランスを崩すと、すばやくあゆが支えようと手を伸ばした。
「ひどいよ、祐一。せめて弁解くらい」
「聞く耳もたん」
「まあ、良いじゃない。おかげで私もご相伴に与れるし」
 香里がフォローに回る。
「そうだよ。ボクも事件の匂いに辿り着いたよ」
 秋子がボウルの生地を型に流し込むのを、食い入るように見つめながら、あゆも加勢する。
「……わかったよ。ただし、罰として最初の焼き上がりは、名雪はお預けだ」
「うう……つらいよ」
「私のを半分あげるわ」
 香里の言葉に、祐一はお手上げの格好をしてもう突っ込まなかった。
 そうしている間にも、秋子は要領よく生地の上に餡子をのせていく。
「タイヤキはね、このホットプレートや、屋台のおじさんがやってるように、いっぺんに焼けるものと一尾ずつ焼いてゆくものが在るんだ。ツウは前者を養殖もの、後者を天然ものと―――」
 『たいやきやいた!』は、あゆの薀蓄を聞きながらも、その存在意義を示すが如く、ちりちりと良い匂いを部屋に漂わせていった。


[たいやきやいた title:橘トモフミ / cast:橘トモフミ / author:橘トモフミ]

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