「ちょっと‥‥‥こんなもの、まだ持ってたの?」
その『こんなもの』をひらひらと振ってみせる香里に、
「ん? ああ」
何を見せられたのか瞬時には判断できなかった潤は、
「って、あああっ!」
適当な返事に一拍遅れて、大袈裟に声をあげる。
「遅いわよ驚くのが」
手に持っていたものをぞんざいに放り出そうとして、一応それは潤の持ち物であったことを思い出して。
何秒かの逡巡の末、
「‥‥‥もうっ!」
結果としては腹立たしい気持ちの方が勝ってしまったようで、その『こんなもの』を潤の顔めがけて投げつけると、香里は勢い任せに潤の部屋を飛び出す。
「え、うわ‥‥‥香里?」
追いかけようとした潤はその投げられたものに額を叩かれ、思わず立ち竦んでいるうちに、足音はどんどん遠ざかっていった。
額を摩りながら、かたんと床に転がった『こんなもの』を拾い上げる。
所々に目立つ傷があることを除けば別にどうということもない、それはビデオテープの黒いパッケージ。
「‥‥‥女医がナース姿って何だよ一体」
この七年で何度繰り返したかわからないような突っ込みを入れてから、机の上にパッケージを放り出し、香里を追って潤も部屋を出る。
▽
「ったく。早く捨ててよって言った筈なのにっ」
口の中でだけぶつくさ呟きながら、その辺を適当に歩いていた香里に、
「あれ、香里? 偶然だね」
横から突然、声を掛けたのは名雪だった。
「‥‥‥って、そういえば、北川くんのお手伝いって今日じゃなかったっけ?」
「ああ。うん。まあ、ね」
「そっか、大変だね。お疲れさまだよ」
お茶を濁しているのが丸わかりのいい加減な返答にも、名雪はいつものように笑って頷く。わかっているのかいないのか‥‥‥名雪のこういうところは全然変わらない。
「ねえ、休憩中だよね? そしたら百花屋さん行こうよ。コーヒーくらいは奢っちゃうよ?」
ちなみにこれは余談だが、
「へ? 何よいきなり。あたし別に」
「今ね、イチゴパフェが増量キャンペーン中なんだよ」
「だからあたしは」
「イチゴがいつもよりみっつも多いんだよー。もう、想像するだけで嬉しくなっちゃうよねー」
名雪のこういうところも、まったく変わっていないことのひとつ、といえるかも知れない。
結局引っ張り込まれてしまった百花屋のテーブルに、イチゴパフェとコーヒーが運ばれてきた。
「苛々してる時はね、お砂糖多めがいいと思うよ、香里」
砂糖の入ったポットを押し出しながら、名雪も何やらわかったようなことは言うものの、
「怒りっぽい人はカルシウムが足りてないんだよー。ひとり暮らしは栄養のバランスがー」
パフェに匙を入れた途端‥‥‥緩みに緩んだ表情同様、口にする言葉も何だかわからなくなってしまう。
「毎食イチゴパフェにしたいとか未だに時々言ってるような人に、『栄養のバランスがー』なんてふざけたこと言って欲しくないんだけど?」
溜め息の代わりのように小さな笑みを吐き出して、結局ブラックのまま、コーヒーに口をつけて。
「それで、名雪は今日はどうしたの?」
「んー? イチゴパフェ食べてるよー」
「そうじゃないわよ‥‥‥って、まさかとは思うけど、ひとりでイチゴパフェ食べるためだけに出てきたわけじゃないんでしょう?」
「大体そんな感じだよー」
今度ははっきりと、呆れ顔の香里が溜め息を零した。
「‥‥‥なんか侘しいわね、二十四にもなって」
そこで突然、何やら言いたげに名雪が顔を上げるが、
「わたし、まだ二十三だよ」
「二十歳過ぎたら大差ないでしょ。そんな細かい話」
一発で撃墜されてしまったことに思わず渋面になり、しかしまたパフェに目を戻した途端、あの緩みきった表情に戻る。
「侘しくてもしあわせ?」
正直、香里としては‥‥‥いや正確には、『水瀬母子を除いた全員』としては。
「イチゴがたくさんー」
本当に、時間は経っているのだろうか、と。
水瀬母子を見ていると、そんなことを疑わしく感じてしまうことが時々あるのだった。
▽
『はい、相沢です』
「ああ祐一? おれだけど」
『お掛けになった電話番号は現在使われてお』
「繋がってるだろコラ。なんでそんなアナウンスが相沢の声で喋ってんだよ」
『まあ軽いジャブはこのくらいにして』
「‥‥‥」
大抵は、こんな馬鹿みたいなやりとりから、祐一と潤の会話は始まっていく。
『で、どうした北川? 香里に夜逃げでもされたか?』
「ば‥‥‥まだ一緒に住んでもいねえよ」
『しかしまあ、同居始める前から夜逃げされるなんてな。一体どんなアクロバティックな生活なんだそれは、とか思うとちょっと興味もあるというか』
「なくていい! つーか夜逃げの話じゃねえっての! 人の話を聞け!」
『話って、だから何の話で電話してきたんだよ? まだ何も言ってないだろお前』
「‥‥‥」
そういえば、祐一がこの街に越してきて以来、ふたりは概ねこんな風だ。
‥‥‥変わんないなあ。
などと、不意に少し感傷に浸ってみたくなったのは、すぐ先に控えているであろう生活環境の激変が潤の意識に重く圧し掛かっているせい、かも知れなかった。
『それで、どうしたんだ? 今日は北川が荷物の整理じゃなかったのか‥‥‥ってまさか北川、今から出てきて手伝え、とか言わないだろうな?』
「あ、ああ、いや」
不意に話を戻されて、条件反射のような適当な返事をした潤の声に、
『へ? 祐一さん、行かないんですか?』
携帯電話の小さなスピーカーの奥から、恐らくは祐一の後ろで何かをしているのであろう、もうひとりの声が重なった。
『聞いてなくていいから。ほら準備してろって』
『ぇー? 私も北川さんとお話したいのにー』
受話器のこちらを放ったらかして、小声で何事か言い合うふたりの声が漏れ聴こえている。
聴きながら、おれたちもこんな風になれるのかな、と潤は思う。
そのせいで‥‥‥多分、電話の向こうの彼らが仲睦まじく、いかにも楽しそうに暮らしているせいで、潤の意識に圧し掛かるものの重さは、そのシチュエーションに居合わせた一般的な男性より、少し、重たい。
『こっちのことはいいから、北川もそろそろ本題に入れよ。実家の部屋片づけてるんじゃないのか?』
再度、祐一が話を戻しに掛かり、
「そうなんだけど‥‥‥まあ、さっき、香里がどっかへ出て行っちゃって、もしかしたらそこに」
言いづらそうに、潤は本題を口にする。
『本当に夜逃げじゃねえか』
「まだ夜じゃねえ!」
『突っ込みどころはソコじゃねえ! そんなコトより、今度は何やったんだお前?』
「いや、何って‥‥‥やったっていうより、やらなかったのがバレた、っていうか」
『だから何を』
「相沢、憶えてるか? お前がこっちに来てすぐの頃、おれの机の中に入ってて、ちょっと騒ぎになった奴で」
『‥‥‥ああ』
少し間をおいて、祐一は頷いた。
『ってお前まだ持ってたのかあんなの』
「まあ、うん。おれも半分忘れてたんだけど、それがたまたま、さっき部屋から出てきちゃって」
『出てこねえよ普通‥‥‥それで香里が怒ってる、と』
「んー、多分。でも、そのことを怒ってるとか、そういうのとは、なんか違う感じがしたんだ。それで」
潤の返答は、何やら煮え切らない感じだ。
『流石に、呆れたな‥‥‥まあ北川も大概面倒だけど、それより栞、なんでお前の姉ちゃんはこの期に及んでこんなに面倒くさいんだ。本当に姉妹なのか?』
『お姉ちゃんを悪く言わないでください。っていうか、何が起こってるのか、私にはさっきから全然わからないんですけど』
『‥‥‥そっか。せっかくだから、栞にも見せとくか』
「待て、本気か相沢」
『言うほど大したもんじゃないだろ』
『あ、見たいです! 何だかわかりませんけど!』
『わかった。今から行くから家にいろ北川』
「え? あ、ああ。‥‥‥え?」
何だかわからないうちに、潤は家へ戻ることになった。
▽
「それで、今度は何があったの?」
紙ナプキンで口を拭い始める頃、名雪はいつもの名雪に戻っていた。
「今度は、って何よ失礼な」
「ん」
「‥‥‥まあ、ちょっと、苛々しちゃって」
「ん」
「だってあの馬鹿まだ持ってんのよ? あんな、七年も前の、くっだらないっ」
「ん」
あくまでも静かに、聞き役に徹する名雪に気づいて、
「‥‥‥なんか、苛々するのよ」
エキサイトしかけた香里も落ち着きを取り戻す。
「それは、それを、北川くんがまだ持ってたから?」
「そうよ。決まってるじゃない」
「そうかな? それだったら、捨てて、って言うだけで」
「言ったわよ。とっくの昔に」
「だったら」
何か考えている顔の名雪。
「捨てたくない理由、北川くんに訊いた?」
「え‥‥‥っ?」
コーヒーカップへ行きかけた手が止まる。
「きっと、何か理由があるって思うよ。他の人からしたら小さいことでも、北川くんの中では大切なこと。それに、多分香里もその時、理由とか全然言わないで、捨てて、ってだけ言ったんじゃないのかな?」
「‥‥‥」
わかっているようにはあまり見えない、のは相変わらずだが、本当は、ちゃんとわかっているようだった。
「ところで香里、その『七年も前の』、って何のこと?」
‥‥‥わかっていないかも知れなかった。
「ほら、相沢君がこっちに来た頃、ちょっとあったじゃない。潤の机の中に誰かがこっそり」
「ん? ‥‥‥ああ! あの、美人のお医者さんの香里が看護婦さんっで、っていう、あれのこと?」
「あー、まあ、大体それ」
あんなことを誰が思いついたのだろう。
あれが発見されるのが、どうして香里の机でなく、潤の机の中だったのだろう。
当時の香里でも、そう思うことくらいはあった。
だが、往々にして自己顕示欲旺盛な高校生の仕業にしては、その悪戯の犯人は口が堅く、また明らかに、手掛かりを残さないことに慣れていた。
その上、恐らくは被害者だったのであろう香里が何の行動にも出なかったせいで、真相は未だにわからない。
しかも。
「でもあの頃は、そんなこと気にしてられなくて」
「勉強、だよね」
どういう意味の嫌がらせなのか、すら判然としない悪戯に、真面目に取り合う余裕は香里にはなかった。
「ん。妹なんていない、なんて口では言ってもね」
医師の言葉が正しいとすれば余命幾許もない筈の妹を遠ざけながらも、その妹にすら気取られないように、医師を目指して勉強に明け暮れた頃があった。
念願叶って医師になれたとしても、十中八九、香里が本当に救うべき妹はこの世にいないだろう。
それでも。
「あたしにできることなんて‥‥‥あの時、栞のためにしてあげられることなんて、勉強くらいしかなかったもの」
「ん」
「でもあの子、治っちゃったじゃない。何故か」
そう。『何故か』、だ。
‥‥‥結局、栞を治したのは、得体の知れない『奇跡』とやらであって、医学ではなかった。
その事実を前にした時、自分が医者を目指すことの意味が、香里にはわからなくなってしまったのだった。
▽
早速、祐一と栞が北川の実家に押しかけて。
「うわ‥‥‥すごい、器用ですね。これ北川さんが作ったんですか?」
「そんなわけないでしょ」
問題の『こんなもの』を、今度は栞が見つめている。
「ところで北川さん、中身はないんですか?」
「自分の姉ちゃんを何だと思ってるんだ栞」
「あ、そういえばそうですね」
えへへ、と栞が笑う。
「しかもこれ、今作ったもんじゃないぞ。作られたのは七年前で、おれがこっちに来てすぐぐらいの‥‥‥ほら、お前がまだ調子悪くて入院してた頃だ」
「ええっ! それが本当なら、まさかお姉ちゃんはその頃からこんなことをっ」
「違うだろ。お前、香里に何か恨みでもあるのか?」
ぺちん。祐一が栞の頭を軽く小突く。
「うわっ嘘ですごめんなさいー」
楽しそうに笑いながら栞が逃げる。
そして潤は、
「なんて顔してるんだおい」
祐一にそう言われるまで、どこか羨ましそうな顔をして、そんなふたりを眺めていた。
「それで? こんなもの、香里が見つけたらそりゃよくは思わないだろ。わかってるのになんで捨てなかったんだ」
「いや‥‥‥それなんだけど、大した理由じゃなくて」
途端に俯きがちになる潤。
「はい」
明かされる真相に興味津々の栞。
「別にこんな、これ自体がそんなに大事なわけじゃないんだ。思い出すまで忘れてるくらいのもんだし」
「中身も入ってないしな」
「ああ。でも、その‥‥‥」
やがて明かされたのは、
「知ってる奴の顔がついてるものとか、手で何か書いたものとか、ゴミにするのって気が引けないか?」
たったそれだけの真相であった。
「で、それはちゃんと香里に言ったのか? 香里はいい方法知ってると思うぞ、少なくともこの件については」
「いや。言ってない。‥‥‥訊かれなかったし」
「面と向かってそんなこと訊くわけないだろあの香里が」
祐一は苛立った様子で自分の髪を掻き回す。
「ああもう。だからお前らは面倒くさいってんだよ」
▽
「あれが他の恰好だったら、別に、こんなに気にならないのかも知れないけど」
休憩はまだ続いている。
空になったパフェのカップは下げられ、ふたりのテーブルにはコーヒーとミルクティが届いていた。
「そっか。看護婦さんの格好だったもんね、そういえば」
甘いパフェに、砂糖たっぷりの紅茶。
‥‥‥栄養のバランスが、なんて名雪に言われるのはやっぱり心外。改めて、香里はそんなことを思う。
「あの時は勉強してたけど、あの子が治ってからはね」
「ん」
「上手く言えないけど、苦しいのよ。時々、本当に時々だけど、あれのこと思い出すと」
確かにそれは、挫折とは違っていた。
だが‥‥‥新しい行き先を見つけて、だから止めた、ということでもない。
用がなくなったからといって、それまで目指していた何かを放り出したまま、その次の何かを見つけられずに、ただ適当に日々を生きている自分は。
「挫折した‥‥‥負けてしまったのと、今のあたしはどう違うんだろう、って」
溜め息混じりの小さな声が、口元のコーヒーを僅かに波だてた。
口をつけるでもテーブルに戻すでもなく、香里はじっと、波の収まったコーヒーの水面を見つめる。
「でも、香里が選んできたことだよ。お医者さん目指したのも、それは止めちゃったのも。栞ちゃんのこと嫌いになろうとしたのも。それも止めちゃったのも」
名雪がようやく、かなり甘いであろう紅茶のカップを受け皿に戻した。
「北川くんと一緒に住むことだってそうだよ。だから北川くんには、そういうこと、もっといっぱい話したらいいと思うよ? 今みたいなことだって、もし北川くんが知ってたら、捨てるの嫌だ、なんて言わないと思う」
「‥‥‥そうね。そうだけど」
本当は、それは香里にもわかっている。
仮に中身があったとしても‥‥‥これから彼女と一緒に暮らすことになった彼氏は普通、今更そんなものの中身を惜しがりはしないだろう。
「ねえ、香里。いつまでも他人のままみたいに、格好よくはしていられないんだよ、きっと。香里も北川くんも、お互いのことが好きだから、今は臆病になってるけど」
そこまで言って、名雪は席を立った。
「行こう、香里。それで、取り敢えず話してみようよ」
▽
「おれと栞は簡単そうだ、って北川も香里も言うけどさ」
言いながら、祐一は窓から外を見ている。
もう日は暮れ始めていた。
「多分、自分のいちばん弱いとこ、いきなり見せちまったからだよ。それで、それでも一緒にいるのは‥‥‥だから、ダメなとこ知ってて、それでも好き、ってことだろ」
祐一の傍らで、栞がうんうんと頷く。
「好きな相手にはなるべく情けないとこ見せないように、って気持ちはわかるけど、それで最期まで隠し通せるだなんて、今時、小学生でも本気で信じてないぞ」
潤はまだ、手元の『こんなもの』を見つめている。
「いつまでも手の内探り合ってないで、お前から話せよ。それで、香里の話も‥‥‥そんなことも満足にできてないのに、『一緒に暮らそう』だなんて話がよく纏まったな? おれに言わせりゃ、そっちの方が不思議だよ」
「‥‥‥そう、かもな」
そこで不意に、部屋の引き戸が開けられて。
「あれ、祐一。栞ちゃんも来てたんだ」
「って、何だ? 名雪がなんで来るんだ?」
「引率。ほら香里」
おずおずと顔を出した香里の姿を見て、潤は、さっき何をしに家を出たのかを思い出した。
「‥‥‥探しに行こうと思ってたんだった」
「ま、帰ってきたんだからいいだろ。ほら北川」
祐一は潤を部屋の真ん中へ押しやる。
「はい、香里も」
続いて香里が、真ん中へ押し出される。
そうして、暫く無言で見つめ合っていたふたりは、
「か、香里、おれ」
「あ、あの、潤っ」
同時に口を開き、また、同時に口を噤んで。
「で、これだ」
話が纏まったところで、五人は部屋の真ん中に座り直した。
さらにその真ん中に、問題の『こんなもの』。
所々に目立つ傷があることを除けば別にどうということもない、それは、アダルトビデオの黒いパッケージ。
そして問題は、存在しない中身ではなく‥‥‥一同が眺めている、パッケージそのもの、であった。
美人女医シリーズ
美坂香里の真夜中の診察室
カルテ1:ナース姿で看護しちゃうぞ!
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器用な馬鹿もいたもので。
遠目に見ればそういうものだとは気づかないかも知れないが、元のジャケットの用紙に印刷された内容と掏り替えるように、『美人女医』と『美坂香里』の文字、そして女優の顔の角度に合わせて切り抜かれた香里の顔写真だけが、用紙の上から貼りつけられている。
こんなものが、よりによって学校の、しかも潤の机から出てきたのだ。直後に起きた騒動についてなど、誰も、思い出したくもなかった。
「何度見ても頭悪そうよね、これって」
「女医のナース姿って意味わかんないよな」
「だったら、そんな頭の悪そうなものが出てきたくらいで簡単にフラつくなよ」
「‥‥‥悪かったわね」
言いながら、香里はパッケージを手に取って、
「それじゃ、始めるわ」
その中から用紙だけ取り出す。
残った黒いパッケージは傍らに放り捨てる。
続いて、手渡されたライターの火が、貼られた香里の顔をちりちりと焦がし始める。
そのうち、燃え移った火は台紙に穴を空け、元の台紙を小さな紙片に分かち、やがては、それぞれの紙片も燃え尽きて、黒い消し炭だけが残った。
「終わったな。それじゃ、夕飯にしようぜ」
祐一が立ち上がった。
「せっかく集まったんだから、どこかへ食べに行こうよ」
続いて名雪、それから栞。
「そうだな。行こう、香里」
先に立った潤が香里の手を引き、全員で部屋を出る。
去り際、明かりが消された部屋の中に香里が目をやったが、消し炭は夕闇に溶け、もう見えはしなかった。
[image:池田せあら]
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