「祐一ー、晩ご飯できたよー」
「おう」
「今夜はパスタだよー」
「おう」
「ミートソースとトマトソースだよー」
「おう」
「これであなたも私もイタリア人ー」
「‥‥‥や、それはどうかと思うが」
名雪の口遊む謎の歌に冷静な突っ込みを入れながら祐一はダイニングの席に着く。
目の前に並べられた何枚かの取り皿と、フォークとスプーンと。
テーブルの真ん中にグリーンサラダのボウルと。
「いっぱいあるよー」
その脇に鎮座する、小さめの鍋二つを満たした二種類のソースと、
「ありすぎだろ」
秋子と三人でも食べ切れないかも知れないような、茹で上げで大皿にてんこ盛りのパスタ。
‥‥‥ましてや今日は、
「秋子さん、今晩は帰ってこないんだろ? 俺と名雪しかいないのに、誰が食べるんだこんなに」
「七割くらい祐一」
しれっと名雪は言ってのける。三割食べるのだって結構大変そうだ。
準備運動か何かのようにこきこきと首を鳴らして、おもむろにフォークを握った祐一はパスタの山の分解に取り掛かる。
「名雪、タバスコ」
「ないよ?」
「そうか、ないのか‥‥‥って、ないのか?」
「ん」
名雪の答えに、少なからず、祐一は驚いているようだった。
「でもイタリア料理っていうか、パスタとかピザにはつきもので」
ちっちっちっ。人差し指を振る仕種。
「イタリア料理にタバスコがつきものだと思ってるのは日本人だけだよ。大体、タバスコはアメリカの調味料なんだよ?」
「そっ、そんな馬鹿なっ」
「本当につきものだったら、タバスコ絡めただけのパスタにジャポネーゼなんて名前つけないよ、イタリア人の人だって」
「なんだそりゃあっ」
祐一の顔に、極太マジックで殴り書き、くらいの勢いで「かるちゃーしょっく」と書いてあった。
もしかしたらその頭の中には、名雪の声と一緒に、何かががらがらと崩れる音、くらいは響いていたかも知れない。
「だから祐一、タバスコ買ってきてくれたら、ジャポネーゼはすぐ作れるよ? レシピ簡単だし」
タバスコ絡めただけのパスタ、という名雪の言が正しいとすれば、それはレシピなどという高尚なものではなさそうだ。
「‥‥‥いや‥‥‥いい」
すっかり毒気を抜かれた祐一の前に、粗く挽かれた赤い粉の小皿が置かれる。
「乾燥させて細かく砕いた赤唐辛子。辛くしたい時はこういうの使うんだって。これで祐一も立派なイタリア人ー」
「いや、だから、歌わなくていいから」
なんでこんなにハイなんだ名雪は、などと考えつつ、ミートソースを絡めたパスタに祐一は赤唐辛子をぱらぱらと振るのだった。
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