「この間ね、従姉妹のお姉ちゃんが彼氏連れて実家に帰ったんだって」
「え、それってもしかして、お嬢さんを僕にください、って奴?」
「そうそう。もうさ、美帆姉‥‥‥ってその従姉妹のお姉ちゃんだけど、美帆姉と彼氏なんか十年も付き合ってたのよ。おじさんたちだって彼氏と何度も会ってるんだし、そういう、プロポーズとかもほとんど時間の問題っていうか、そんな感じだったらしいのね。でも」
「‥‥‥でも、って何? うまくいかなかったの?」
「一応、長女なのよ、美帆姉。だからか何か知らないけど‥‥‥美帆姉から聞いたんだけど、おじさんね、美帆姉と彼氏には内緒で、卓袱台ふたつ並べてたんだって言ってた」
「ふたつ? 何すんの、それ?」
「ん。片方はおばさんがお茶出したりするのよ。普通に、卓袱台にする卓袱台。それでもう片方はね」
「うん」
「空の茶碗とかお箸とか、散らかっても困らないのをざーって並べてあったんだって。それを」
「うん」
「『お嬢さんを僕にください』ってやるじゃない? 彼氏が」
「あ‥‥‥もしかして」
「そうなの! 『お前なんかに娘はやれーん!』とか叫んで、卓袱台ひっくり返すんだって、いきなり!」
「うわ、やっぱり‥‥‥でもそれじゃ、その従姉妹の人とは結婚できなかったの?」
「ううん、そんなことないよ? もうお式の話とかも進んでるみたい。彼氏の方がなんか田舎暮らしに憧れてるとか言ってたみたいで、会社辞めてそのままおじさん家の畑の手伝いするんだって。そういう策もあるよねー」
「‥‥‥って、卓袱台ひっくり返されてんのに?」
「だから、おじさんはひっくり返す用にわざわざ用意したんだって。別に反対したいんじゃなくて、ただ単に、ひっくり返したかっただけ」
「お、お茶目なおじさんだね‥‥‥」
「嫁に出すのは初めてだから、そういうのいっぺんやっとかないと、って昔から思ってたみたい。だって彼氏のことなんかとっくに知ってるんだもん。気に入らなければ連れて来させないでしょ?」
「そりゃそうだろうけど‥‥‥気の毒だなあ、その彼氏」
「彼氏の方もね、その辺はちょっとわかってたみたい。あんまり驚かなかったって」
「‥‥‥十年もつきあってれば想像はつく、か」
「美帆姉もおもしろい人だよ」
「まあ、その辺は何となく、丘野さん見てればわかる気はする、けど」
「‥‥‥誉めてないでしょ、実は」
「いえいえ滅相もない」
「本当?」
「本当本当」
「ふーん‥‥‥まあ、いいや。あ、そうだ! ウチにも用意しといてもらおうかな?」
「今頃もう、言わなくても卓袱台買いに行ってそうな気もするけど」
「よ、よくわかってるねー」
「まあ、その辺は何となく、ね」
「ね、そしたらキミ、挨拶に来てくれる?」
「へ? どこに? ‥‥‥何の?」
「あはは、何でもないよー‥‥‥あ、あたしこっちだから。それじゃまた明日!」
「あ‥‥‥っと、またあし、たっ?」
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