「なんだ小人か」
つまらなそうに呟いたきり、カウンターに頬杖を突いた巨人は見降ろすことすら止めた。
「武器と防具を売って欲しいんです」
平然と、小人は言う。目深に被った外套のフードのせいで顔はわからないが、声だけ聞けばまるで年端もいかない少女だ。
「小人に物は売らん」
「でも長の、サラキーンさんのお許しはいただいています。ここに」
左の腰に佩いた剣の鞘に巻かれた紙を外そうとする。
「‥‥‥ふん。出すなそんなもの」
中を見たわけでもないのに巨人は小人の動きを静止する。
「ホンモノだろうよ、小人の分際が長の名を知ってるからにはな」
小人はそれを外すことを止めない。ぎろり、と睨みを利かせた巨人に怖じ気づく風でもない。
「それで何が要るんだ? 言っとくが、どれを買っても小人の手には余るぞ。ここは俺たち巨人のお里だからな」
「火神防御輪。それと‥‥‥そう、アイスソード」
「人の話を聞け小人がっ」
恫喝するように巨人は声を荒げる。
「何が火神防御輪か。何がアイスソードか。貴様に構えられるような武具なぞ置いとらん、何度言わせるか!」
「ここになくても、どこかにはあるでしょう?」
簡単なことのように小人は言ってのける。
「アイスソードも火神防御輪も、あたしが知っている分だけだって下界にひとつずつあるもの。でも下界に巨人はいないでしょ?」
「そんなもの‥‥‥でき損ないだ」
「そう? 四天王さんが後生大事に抱えてるのも?」
フードの下で小人が笑う。
「小人がっ!」
激昂した巨人は建物が震えるような大声を張り上げるが、
「ごめんなさい、急いでるの」
それすらも気にする風でもなく。
いつの間にかカウンターの上に広げられた長の書状の真ん中に、いつの間にかカウンターの上に立っていた小さな人影が、楊枝のような小さな剣を突き立てていた。
「サルーインでも辿り着けないこの里の人たちには、もしかしたらわからないことかも知れない。だけどあたしたちは生きる。魔物と戦ってでも。サルーインと戦ってでも」
もう一本、突き立てられた楊枝のような剣よりもさらに頼りない細剣が、巨人の眉間に向けられていた。
「あなたに、一緒に戦って、とは言わない。だけどあたしの、あたしの守るべき人たちの時間を、無駄に奪うことは許さない」
椅子に腰かけた巨人とカウンターの上に立つ小人の間には、それでもなお、小人が何人でも間に立てるような距離がある。そんな細剣など、とても届く距離ではない。
小人が虫けらを叩くように、その大きな手で小人を叩くことの方が、遥かに簡単だ。
わかっている。
わかっているのに。
この小人にはそれができる、と巨人は感じた。
巨人の大きな手を躱し、届く筈のない距離すら越えて、その剣は眉間に突き刺さる筈だ、と感じた。
巨人は初めて‥‥‥小人を、恐い、と感じた。
「‥‥‥はは。わかった、わかったよ。俺の負けだ」
ひとつ溜め息を吐いて、巨人は力なく笑う。
「タダで寄越せとは言うまいな?」
「少しくらいならふっかけてもいいよ?」
「馬鹿が。しねえよ、そんなつまらねえことは」
すぐ下に設えられた引き出しの奥をごそごそと漁り、巨人は小さな剣の柄をカウンターに放り出す。握りだけでも小人の両手に余るような巨大なその柄の脇に、一抱えもあるような紅玉がふたつ。
「赤いのが火神防御輪だ。顔を近づけてみろ、耳飾りになって耳たぶに収まる」
指先ほどの紅玉はすぐに縮んで、巨人の目には見えないほどになった。
「その柄がアイスソードだ。それはな、空気の中から水を掴み出して、それで氷を作って刃にする。だから鉄の刃はない。鞘も要らん」
ひゅん、と音がして、振り降ろされた柄の先に長大な刃が伸びる。透き通ったその刃は剃刀のように薄い。
「それはいいぞ、長さも切れ味も思うがままだ。刃の手入れも要らん、戦の最中に壊れちまうこともない」
小人がそれを振る度に、古い刃は霞になって飛散し、かたちの違う刃に生え替わる。
「うん。使えそう」
「ふん‥‥‥なあお前、女だろう? お前をその剣で守ってくれる男はいなかったのか?」
「余計なお世話ですっ」
そこで初めて、小人は外套のフードを降ろした。べーっと舌を出してみせる姿は、本当に、まるで年端もいかない少女のそれだ。
「ありがとう。これだけあれば、取り敢えず何とかなりそう」
「そいつぁよかった」
巨人はわざとらしく、小さく頭を垂れてみせた。
「ま、頑張りな。それで、魔物にもサルーインにも勝ってよ」
ひらりとカウンターから舞い降りた小人の背中に向けて、巨人は言葉を続ける。
「そしたらまた来いや。今度は‥‥‥小人、名前を聞いてやる」
「そうだね。今度は、あたしの名前を教えてあげる」
口の減らない小人は、振り返りもせずに店を出て行った。
去り際にぐっと突き上げた右腕と、その手が掴んだアイスソードは‥‥‥もしかしたら本当に、サルーインにさえも届くのではないかと、巨人は思った。
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