通りすがりの最終兵器[26620830]  


  

「いや‥‥‥っ!」
 女は声の限りに叫んだが、それくらいのことでは人攫いは怯まなかった。慣れた手つきで口を塞ぎ、別の男が足を抱えて連れ去ろうとする。女ひとりに男が六人がかりでは抵抗できるものでもない。この時点で、人攫いの企みは半ばまでは成功していた。その道を通りさえしなければ完全に成功していただろう。しかしそうはならなかった。
 運が悪かったのだ。たまたま、それと擦れ違うことになってしまったのだから。


 がりがりと音が聞こえていた。鋤で地面を引っ掻くような場違いな音が。
 ‥‥‥攫った女は供物だから手を出すなと人攫いたちは厳命されていた。途端につまらなくなった仕事だが、それでも彼らのモチベーションは下がらなかった。異常なほど実入りがよかったからだ。この街の中なら多少の無理は利く、とも依頼主は言った。どうせまた、こんな場末にゃ頼まれたって出て来ないお偉いさんがまた何ぞよからぬことでも企んでいるのだろう、と彼らは解釈する。
 が、流石に今この状態の自分たちを見て、人攫いが女を攫った、以外の何かだと考える馬鹿はいなかろう。あるのかないのかわからない権力の加護なぞに縋るつもりが最初からなかった彼らとしては、攫った女を抱えたままでいつまでも街中にいるわけにはいかなかった。
 だから彼らは、正面からだんだんと近づいて来るその音を無視しようとした。そんなことを気にしている場合でもなかった。外套のフードを目深に被ったその姿からは細かいことはわからないが、音のするあたりを歩いているのは年端も行かない華奢な小娘ひとりらしい、という点が重要なのであって、どう考えてもそんな音がするようなものを引き摺っているように思えない、などという些細な疑問に注意を払う必要は感じなかった。
 どうせ無力な小娘だ。いざとなったらそいつも攫っちまえ。
 危険極まりない意味を含んだアイコンタクトに彼らは小さく頷く。


 彼らが人攫いであることがわからないのか、それとも、そんなことは気にも留めていないのか。
 平然と彼らの脇を通り過ぎようとするフードの奥をそれとなく覗き込んで、彼らは確信する。本当にただの小娘だった。その小娘の反応があまりに鈍いのが却って気になるのか、外套の内側で鞘からナイフを抜いたひとりは手を出すことを躊躇ったが、別のひとりの目配せを受け、その刃を小娘の腹へと押し当てた。
 いや、押し当てただけ、のつもりだった。
 だが、その手に伝わった感覚は、刃が皮を裂き、肉を貫き、臓物にまで一気に達したことを彼に教えていた。殺した、と彼は思った。そんなことまでするつもりじゃなかった。ひいっと小さく悲鳴のような声をあげて、かたかたと小刻みに震える手から彼はナイフを取り落とす。どす赤い血にべっとりと塗れている筈のそれは、余り手入れもされていなかったのか、転がった地面で白く曇った刃を晒した。
 ナイフを追うように、小娘の外套がばさりと地に落ちる。その下に小娘の身体はなかった。


 その、ばさりと地に落ちた外套の向こうに、彼らは初めて小娘の真の姿を見る。
 確かにそれは、華奢な小娘であるには違いなかった。両耳に赤いピアスをつけ、腕や指に幾つかの宝石を纏った小娘。遊牧民の出だろうか、独特の意匠を持つ髪飾りで結い上げた髪を纏めている。大きく開かれた目蓋の奥に鮮やかな緑色の瞳が見えた。しかし一方で、漆黒の鎧を纏い、両腰に片手剣と細剣を提げ、右肩に二本の弓を背負い、何やら道具の入った袋と一緒に背丈より長い槍と大剣を引き摺ったそれは、どう贔屓目に見ても、彼らが想像したような無力な小娘のものではない。
「あーあ、幻体が壊れちゃった」
 特に気にする風でもなく小娘は呟く。「げんたい」とは何かなど人攫い風情が知る由もない。取り敢えずわかったことはといえば、外套を被った小娘は幻で、本人はその後ろを歩いていたのだということ。姿に幻を被せることはできても、音に幻を被せることはできない、ということ。そう、あの音は、本物の小娘が槍と大剣を地面に引き摺る音だったのだ。
「で、おじさんたち、悪い人だよね? 突然斬りかかっておいて、今更言い訳とかないよね?」
 背丈よりも長い大剣を軽々と抜き放ち、その切っ先を自分たちに向けて微笑む小娘を見るに至り、彼らは、いかに眼前の小娘を見縊っていたかを知った、と思った。しかし現実は、卑小な彼らの後悔でさえ問題にならないほど過酷だった。
 両耳の赤いピアスがちらりと光る。突如、小娘の頭上に赤い光点がふたつ現れ、きゅいいいんと小さな音をたてながら互いを追うように回り始め、髪飾りや長い髪にも赤い輪のような綺麗な影を落とす。
 その様を見た男のひとりは、天使が来た、と思った。天使が来たのだ。罪人に死を告げる天使が。


「う‥‥‥がああああああああっ!」
 恐怖に錯乱したか、先程幻の腹を刺した男が拾い上げたナイフを振り翳して猛然と突撃する。
「つっ、続けっ! もうこうなれば、殺さねえと先はねえぞっ!」
 別の誰かが叫んだ。六人はほぼ同時に小娘まで後一歩の位置へ詰め寄る。
 さらに、それとほぼ同時に。
 ひとりは大剣に腹を貫き通された。その大剣はそのまま地面に突き立てられ、男は手足を宙に泳がせながら絶命した。
 ひとりは爪先を長い槍に掬い上げられて転び、転がった地面にその槍で突き刺された。
 左手の剣にはふたりばかりが無造作に斬り下げられた。
 残るふたりの片方は持っていた棍棒を打ち下ろすことに成功した。が、それだけだった。漆黒の鎧にも本人にも、殴られたこと自体を気に留めた風さえない。もう一度、今度は両手で棍棒を振り被った男の喉元に細剣が突き込まれ、大きく振り被った棍棒の勢いに曳かれて体ごと後方へ倒れていった。
 最後のひとりは踵を返した。もう剣の間合いからは外れている。小娘は肩から大きな弓を外し、しかし矢は番えずにその弦を引いた。引き絞られた弦から左手を離すと、番えなかった矢の代わりに何やら光のようなものが空中で唸りをあげ、逃げ出した男の背中から心臓を撃ち抜いた。
「あ‥‥‥悪魔‥‥‥が」
 地に倒れ伏しながら、その男は最期に呟いた。
「あなたたちは誘拐魔じゃない。悪魔に文句言えた義理?」
 小娘の言葉を聞き取れる人攫いは、もうその場にはいなかった。
 ‥‥‥それは決して、戦闘などという高尚な代物ではない。少なくとも小娘の方にとっては、それは狩りにも劣るつまらない行動でしかなかった。


「大丈夫?」
 攫われそうになった女は、差し伸べられた小娘の手が近づくと、慌てて自分の手を引いた。引いてしまってから助けられたことを思い出し、咄嗟に、どうしていいかわからなくなった女の狼狽する様を、小娘は悲しそうに見つめている。
「恐いって思える方がいいよね。これからもずっと、あなたみたいな普通の女の人が、あたしみたいに‥‥‥ならなくて済んだら、いいよね」
 小娘の声は聞き取りづらいほど小さくて、実際、最後の半分くらいを女は聞きそびれていた。ただ、恐いって思える方がいいよね、という言葉が手を引いた自分に対する赦しの言葉でもある、ということは何となくわかった。
 顔を上げた小娘は、そこかしこに刺さったままの武器を引き抜いて鞘に戻し、また自分の幻を作って外套を被せる。
「あの‥‥‥あの、お名前を」
 女は訊ねるが、
「忘れちゃった方がいいよ。だから名前も教えない。今度は気をつけてね」
 寂しげな笑顔を残して小娘は立ち去った。
 鋤で地面を引っ掻くようなあの音がすっかり聞こえなくなるまで、女はそこに立ったまま、小さくなる背中を見送り続けた。

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