「魔の島? 魔の島って何だ嬢ちゃん、あの魔の島のことか?」
その反応は、訊き返したというより、訊かれたことを鸚鵡返しにしただけ、だった。
「ん。どうしてもそこへ行きたいっていう人がいて、オービルの桟橋から、毎日毎日、ずーっと海を見てるの。もしかして船長さんなら、連れて行ってあげられるんじゃないかな、って思って」
「そんなの別に、嬢ちゃんが自分でやってやらなくたっていいだろう?」
「それはそうなんだけど」
訊いた少女の方はそれ以上は何も言わず、船長さん、と呼ばれた男の次の言葉を待つ。
‥‥‥そのうち、根負けしたように、手にしたグラスの中身を船長は呷った。
「まして俺なんざ、今じゃ陸に上がったカッパさ。他ならぬ嬢ちゃんの頼みだ、船さえあればどこへなりとも連れて行ってやるがな」
自嘲気味に呟きながら、仄暗いパブのカウンターに、船長は懐から掴み出した紙をがさがさと並べる。
「これだ。この海図のこっちの端」
中から一枚を引っ張り出し、持っていたグラスの端で、その一点をこんこんと叩いて示す。
「危ない噂しかねえ島だからな。用もなかったし、今んところ俺が自分で上陸したことはねえが、ここに書いてあるのが魔の島だ。‥‥‥何だ黙っちまって、海図が読めねえか?」
「そうじゃなくて。行き方は恐らく自分しか知らないだろうって、あのお爺さんは言ってたから」
「そりゃ、普通に生きてる奴らなら、公認商船じゃねえ船と縁のある奴なんざそうはいねえさ。そんな連中が魔の島なんて知ってるワケがねえ」
そんな連中と海賊を一緒にするなよ、という響きが、言外に色濃く滲んでいた。
「知ってるか? 帝国が商船向けに出してる海図なんかな、ありゃ酷いもんなんだぜ? 図じゃねえんだ大体。目印になるものがちょこっとメモしてあるだけでな。港と港を行き来するだけなら困らんのかも知れんが、あんなんじゃガキの使いと変わらん。そこへいくと海賊は違う。俺たちにとって、本当に大事なものは船でも武器でも財宝でもねえんだ。海図こそ俺たちの宝。誰も知らない海と戦いながら、命を賭けて版図を広げてきた海賊共の勇気の証し‥‥‥」
陸に上がっていようとも、カッパとしての矜持は揺らがないものらしい。
話すうちに熱を帯びてくる船長の横顔を、少女は嬉しそうに見つめている。
「何だよ。小っ恥ずかしいじゃねえか」
視線に気づいたか、唐突に言葉を切って、もう一度、船長はグラスの中身を一気に呷った。
「船長さん」
その示す意味を愛おしむように、少女は『船長さん』という言葉を口にする。
「船長さんの力とその海図が必要なの。連れて行って、魔の島へ」
「お安い御用さ。海に戻れるってだけで報酬は充分だ。いい加減、干乾びちまいそうだったんでな」
すぐに酒で満たされたグラスを、船長は少女の目の高さに掲げてみせた。
「オーケー、一緒に行くぜ」
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