引き出しにしまった小瓶を時々そっと取り出してみる。振ってみたら、からからと小さな音を立てた。
中に入っているのはキャンディの小さな袋ひとつだけ。その袋の中でキャンディがどうなっているかなんて、開けたことがないからわたしにはわからない。
そういう時に決まって思い出すのは、何年も前の、日本で過ごした日々のこと。
記憶の中で、ひろゆきくんはいつでも一緒だった。このキャンディだって、いつまでも泣き止まないわたしのために、わざわざ家まで走って帰って、たったこれだけを家から持ってきてくれたんだっけ。
今はもう、カタチが残っている思い出の欠片はこれひとつしかない。大切な欠片。
確かあれは、引っ越すって打ち明けた時だった。だってあの時の他にひろゆきくんの前で泣いたことなんかない。それは覚えてる。小さくて、でも力強い手で、泣いてるわたしの両肩を掴んで、一生懸命何か言っていたことも覚えている。だけど、あんなに響いていた筈の言葉は、今はもう自分の泣く声にすべて消されてしまっていて‥‥‥その時ひろゆきくんが言ってくれたことも、答えてわたしが呟いたことも、だから、悔しいけど覚えていない。
溜め息をひとつついて、わたしはベッドに寝転がる。
すべてを知っていたいのに、いちばん大切なことがぽっかり抜け落ちていることが悔しくて、悔しくて悔しくて、唇を噛んだままわたしは天井を睨んでいた。
会うことなんてもうできないって知っているのに、こうして思い出す度に、気持ちがゆっくりと膨らんでいるのがわかる。
あの日、そのキャンディの封をすぐに切らなかったことを、こういう時は後悔する。
とっておかなきゃよかった。
今、目の前にこれがなければ、ひろゆきくんのことなんか全部忘れてて、ひろゆきくんがいなくてもしあわせになれる自分だったかも知れないのに。ひとりで歩いても辿り着かない遠いところに気持ちを残していなくなることが、こんなに、こんなに寂しいことだなんて‥‥‥そんなこと、気づかないままでいられたかも知れないのに。
いなくなった私はもう、ひろゆきくんの心の中には住んでいないのかな。
それとも、今頃ひろゆきくんも寂しがっていてくれるのかな。
あのとっておきのキャンディが袋の中でどんな風に形を変えていたら、わたしは日本へ戻れるのかな?
もとがキャンディのくせに、思い出はちっとも甘くなかった。
‥‥‥お願いの木が‥‥‥フリスコに‥‥‥あれば‥‥‥いいのにな‥‥‥
最後の言葉は、唇から外へは出なかったと思う。
そのまま、目を閉じたわたしはゆっくりと眠りに落ちていく。
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