言うまでもないが、カフェテリアは学園の全員のためにあるものであって。
放課後のこの卓は天文部の指定席である‥‥‥というのも、あくまでも暗黙の了解に過ぎないのであって。
「だから、ま、こういうこともある」
弘司は溜め息混じりに解説を加え、
「退かすワケにもいかないしな」
直樹はさっさと別の席に陣取り、
「んー‥‥‥でも、ちょっと残念かも」
美琴は恨めしそうに、いつもの卓に突っ伏してぐーすか寝ている男子生徒、の背中を眺めやる。
「でも、あれ、誰なんだろ?」
杏仁豆腐を銀のスプーンでつつきながら、美琴はまだそんなことを言っている。
「さあ。知らない奴だと思うけど」
「あ! ねえねえ、もしかして入部希望者だったりとかしないかなあ? それで部員が来るの待ってて」
ぱっと明るくなる美琴。
「ないない」
しかし即座に否定的な見解。
「それはない」
しかもふたりがかり。
「えー?」
「そんな物好き、本当にいたらもうとっくに部員になってるって」
「でも、でもほら、元気で可愛い転校生のわたしが、急にやってきて天文部に入部したことによって」
「残念ながらそれも期待薄だな。美琴が転校してきてからもう何か月も経つし」
「‥‥‥もう。そうはっきり言わなくたって」
むくれ顔になる美琴。
「早く食べないと杏仁豆腐が冷めるぞ」
「もともと冷たいんですっ」
眉根に皺を寄せたまま、ぱくっと白い塊を口に放り込み、
「顔、緩んでるよ、天ヶ崎さん」
弘司に突っ込まれて、ばつが悪そうに苦笑いする。
ちょうどその時。
いつもの卓を占拠していた例の男子生徒が急にがばっとその身を起こした。
きょろきょろとあたりを見回す。
美琴は勿論、やはり何となく気になってはいた直樹も弘司もこの時ばかりは馬鹿話を止め、静かに様子を伺う。
と。
「しまった! 茉理ちゃんが!」
いきなり大声でそう叫び、そしてまた、ぱたりとその場に伏せてしまう。
「‥‥‥えっと?」
困惑したように美琴が首を傾げる。
結局あれは誰で用事は何なのか、と目で問いかけられても、心当たりのまったくない直樹も弘司も肩を竦めるしかない。
「取り敢えずまあ、美琴も天文部も眼中にない、ってのははっきりしたけど」
「むー。何となく、酷いこと言われてる気がするんですけど?」
「そんなことないって」
「そうかなあ?」
不満そうにぶつぶつ呟く美琴が行儀悪く咥えたままにしている銀のスプーンが、夕暮れのオレンジ色にきらきらと輝いている。
部室代わりの卓を見知らぬ誰かに明け渡したままで、今日の活動はそろそろお開き、ということになりそうだった。
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