片手で構えたレンズ付きフィルムのファインダーに目を凝らしながら、
「あー、みんなもうちょっと机に寄ってくれる? ほら橘さんも、もっと真ん中真ん中」
いつもの指定席近辺に集まった面々に、さっきから美琴があれこれ指示を出している。
「え、でもこの写真、天文部の記念写真だって」
「いいっていいって。いっつも天文部からバカ直樹借りてるんだから、ちひろだって天文部みたいなもんじゃない」
「それ滅茶苦茶だよ茉理‥‥‥」
困ったような顔をしながら、ちひろは少しだけ真ん中寄りの位置へ移動。
「それより、なんでお前が偉そうなんだ茉理」
「あたしは‥‥‥えっと、そうそうカフェテリア代表ってことで。ほらあたしたち、心の広い大家さんみたいなもんでしょ? 天文部にとっては。だからいいのっ」
例えるならば『何かものすごく渋いものでも口に放り込んだような表情』のようなものを直樹は見せたが、もちろん、茉理は気にしない。
「ほら保奈美も、そんな端の方じゃなくて」
美琴の空いた手が前方の空白を横に薙ぐ。
「でも、美琴じゃなくて、わたしとか茉理ちゃんとか、橘さんが撮る方がいいような気がするんだけど」
「美琴は撮りたいんだろ。写りたいんじゃなくて。だから気にしなくてもいいんじゃないか?」
すっと近寄って耳打ちしつつ、直樹は保奈美の制服の袖口を摘んで真ん中に引っ張り込む。
「それにほら、いつも俺たち試食で手伝ってるから、料理部だって天文部みたいなもん、なんじゃないかな?」
弘司の発言は、
「それだと、料理部の他の子たちも連れてこないと」
結論から言えば、フォローになっていなかった。
「よーし、みんな入ってるねー」
ともかくも、そこにいた関係者はみんなファインダーの中に納まって。
「はいそれじゃ撮るよー」
美琴がそう言った途端、かしゃりと‥‥‥『撮るよー』のあたりに重なるように、微かな音が聞こえた。
「‥‥‥へ?」
だから多分、そのフィルムの二十五枚目に収まっているのは、美琴を除いた全員の、撮られることを意識する前の様々な表情なのだろう。
「いや待て美琴。『はいチーズ』とか『さんにーいち』とか、普通シャッター切る前に何かあるだろそこは」
「え? ‥‥‥あ、そっか。ごめん忘れてたよ」
てへっと笑って、空いた手で自分の頭を叩く仕草。
ともかくも、それは見事な不意打ちであった。
「ほっほっ本当に撮っちゃったんですか? そんな、後で合図が来ると思って、あたしまだすっごい間抜けな顔してたのに! ダメですよ美琴さん今のナシっ!」
「ごめーん。撮り直すからちょっと待ってねー」
右手の親指でダイヤルをかちかちと回し、
「あれ? ねえ広瀬くん、確かこれって二十四枚撮りなんだよね? 三枚くらい撮れるって言ってたけど、もう二十五って書いてあるよ?」
ふと、美琴は首を傾げる。
「ああ、いいんだ天ヶ崎さん。そこの数字は二十七くらいまでは行けるから」
弘司はそう声を掛けたのだが、
「もしかして壊れちゃったのかな」
何事か呟きながらカメラを弄り回している美琴の耳には届かなかったようで、
「あ」
かしゃりと‥‥‥もう一度、微かな音が響く。
「って美琴、今、撮っちゃわなかった?」
慌てたように保奈美が声を挙げる。
「う‥‥‥多分、撮っちゃいました」
被写体が近すぎたせいで画像が真っ黒、という事態がもし起きていなかったとしても、二十六枚目の写真に写っているのは、レンズ側から中を覗こうとしていた美琴の左目だけであろう。
「そんなーっ!」
そこで何故か、妙に残念そうに茉理が肩を落とす。
「だけど弘司。なんで三枚しか残ってないんだ?」
「記念撮影するために買ったわけじゃないから、かな」
持ち主の弘司は思案顔で腕を組んで、
「その前の二十四枚は昨夜撮ってみた星の写真だよ。それでまあ、俺はそのまま現像に出そうと思ってたんだけど、たまたま天ヶ崎さんにカメラのこと話したら『撮ってみたい』って言うから」
「‥‥‥なんで三枚も余らせといたんだ?」
「残りはおまけ扱いだからだよ。原理的には大丈夫でも、保証されてるわけじゃないから、数には入らないんだ。とにかく天ヶ崎さん、多分それ、あと一枚だからね」
無情な宣告が弘司の口から発される。
「うう‥‥‥責任重大であります隊長‥‥‥」
誰に向かって言っているのかよくわからないことを、美琴はぶつぶつと口走る。
「あら? こんにちは。今日は大勢ですね」
「なになに? 何かおもしろいこと?」
ちょうどそのタイミングで、結と恭子がカフェテリアに顔を出した。
「いえ。特に意味はないんですけど、記念撮影を」
「そう? だったら撮ってあげるわよ。ほらあっち入んなさい天ヶ崎も」
そう言って恭子は美琴に手を差し出すが、
「そういうわけにはいきません隊長! わたしが自分で挽回しないと、隊の皆さんに顔向けできません!」
とにかく美琴は、自分でやるつもりでいるらしい。
「‥‥‥隊、って何?」
「それより、先生たちもこっちに入ってください」
顔に大きく『わけがわからない』と書いてある恭子に、直樹はそんな風に声を掛けた。
「いいんですか?」
「結先生は天文部の顧問だし、園芸部は天文部みたいなものらしいんで、恭子先生だって顧問みたいなもんです」
「ちょっと、さっきから意味わかんないんだけど?」
恭子の顔の文字は『ますますわけがわからない』に書き直された。
「まあまあ仁科先生。せっかくですから」
「‥‥‥まあ、いいか」
頷いて、ふたりも集団に加わる。
「今度は『せーの』で行くよー」
ややあって、
「せーっ、のっ!」
再びカメラを構えた美琴が、人差し指に力を込める。
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