「いちまーい、にーまーい、さんまーい」
手渡された奇妙なシールの束から一枚ずつを机の上に放りながら、
「きゅうまーい、じゅうまーい、っと‥‥‥あーあー、こりゃどう見ても十枚溜まっちゃってるねえ」
皿を数える幽霊の口振りでも真似ているのか、妙な調子をつけて、放ったシールの枚数を数え上げた。
「残念だけど、こうなったらもう仕方ないか。こーへー、何か遺言とかある?」
「ゆ、遺言?」
そこに収まる語彙としては『弁解』あたりが適切なのではないだろうか。
「遺言がなければ、墓碑銘には何か希望とかある? お墓が建ったら太いマジックででーっかく書いといてあげる」
「ぼ‥‥‥墓碑銘?」
何度も繰り返して申し訳ないが、そこは『釈明』くらいが丁度よいのではないだろうか。
「あ、それと、カラーバリエーションを自分で指定したい場合とか、書いて欲しい人を自分で選びたい場合なんかは、追加料金が要るから注意してね?」
「何の話ですかさっきから」
「んー、わたしとひなちゃんのどっちかでよければ、書く方はキャンペーン価格ってことで特別におまけしてあげてもいいけど、墓石とマジックの色の組み合わせには原材料費とかの兼ね合いとかも色々あって」
しかも、どうも目の前のかなでには、割と本気で『墓が建つ』ことを前提に話を進めようとしている節があるようにも思えなくはない。
「いや、だからその前に、なんで墓から話が始まってるんですか? そんな悪いことしてないでしょ俺」
「だから『何か遺言とかある?』って最初に訊いたのに」
「だからなんでいきなり遺言なんですか! 死刑になるようなことじゃないでしょ、全部! ひとっつもっ!」
覗いた孝平にとっても不本意極まる事件であったとはいえ、女風呂に全裸で突入は確かに不味かった。だから瑛里華に殺される、ということであれば、それは致し方ないと思えないこともない。
だがその他ときたら、話の最中に寮長から目を逸らしただの、夜中に寮内を徘徊していただの、試しにシールを捨ててみただの‥‥‥孝平の言い分も尤もで、ひとつひとつは微罪もいいところであった。十回どころか百回や二百回積み重ねたところで、処刑されるほどの悪事にはならない筈だ。
「犯人って大体みんなそう言うんだよねー」
しかしそれでも、かなでは軽く肩を竦めるだけだった。
「んー。でもなー、このまま『鉄の処女』送りっていうのも忍びないし」
「鉄の‥‥‥って」
『鉄の処女』。
孝平でも知っているくらい有名な、それは中世ヨーロッパの拷問具である。
原理は簡単。聖母を模した外形に因んで『鉄の処女』と呼ばれる、内側に向けて無数の棘が突き出た人形の中に罪人を放り込むだけだ。扉を閉じれば、放り込まれた罪人はその無数の棘に四方八方から刺し貫かれる。
「なんでそんな物騒な人形がこんな学院にあるんですか」
「人形? ‥‥‥あーあー、そっちのコトか」
少し間を置いて、思案顔のかなではそんな風に答えた。
「え、違うんですか?」
もしかしたらその『鉄の処女』は、内側に向けて無数の棘が突き出た人形、のことではないのかも知れない。
「違うけど、そういえばソレはどこやったかなー? 確かこの間、寮のどっかに片付けたような気がするんだけど」
ただし、それはそれで、寮内に存在するらしい。
「‥‥‥何なんだこの学院」
呆れたように孝平が呟く。
「ま、いいや。とにかくこーへー、キミは初犯でもあることだし、特別に生き残るチャンスをあげよう」
「はあ」
「むー。若いのに淡白だぞ? せっかくのチャンスなんだからもっと喜ばないと」
「いいです何でも。で、何するんですか?」
どうもリアクションが乏しいことには不満があるらしいが、ともかくも、かなではびしっと人差し指を孝平に突きつける。
「このわたしと勝負するのだ! もしもこーへーがわたしに勝ったなら、今回の件は推定無罪の方向で」
「何ですかその推定無罪ってのは?」
「疑惑はあるけど有罪かどうかわかんない状態。だが疑わしきは罰する!」
「それじゃ有罪と変わんねえ!」
「よーし。ようやく調子出てきたね、こーへー」
妙に嬉しそうにかなでが笑った。
「では勝負です。ルールはジャンケンで一発勝負! こーへーが勝ったらこーへーの勝ち、引き分けとわたしの勝ちはこーへーの負けです!」
「勝たないとダメなのか」
「敗者復活戦なんだから、それくらいのハンデは当然。‥‥‥あ、ちなみに、わたしはチョキ出すよ?」
早速心理戦かよ。
口に出す代わりに、孝平は深い溜め息をひとつ。
「だから『チョキ出すよ』って言ってるのに‥‥‥こーへーは信じてくれないんだ、お姉ちゃんのこと」
結論からいえば、勝負の顛末は『チョキで引き分け』。つまり孝平の負けであり、
「いいもんいいもん。そんなこーへーなんか『鉄の処女』送り決定! ぱふぱふどんどんー!」
生還の可能性を繋ぎ止めていたただ一本の糸は、脆くも途切れてしまったことになる。
「仕方ないですね」
最後の最後でかなでの言葉を疑ってしまった負い目のようなものが、孝平の心に影を落としていた。こうなったらもう、潔く罰を受け容れるしかないな、と思う。
「で、どこにあるんですか、その『鉄の処女』は」
「さっき呼んどいたから、もうすぐ来ると思うよ?」
「来るって何がですか?」
まさか人形が自分で歩いてやってくるとでもいうのだろうか‥‥‥首を傾げた孝平の前に、
「いつかはこんな日が来るような気がしていました」
突然、フライパン的な何かを右手にひとつ提げた紫紺の影が、ゆらり、と姿を現すと、
「ってシスター? ‥‥‥ああ、それじゃ『鉄の処女』ってシスターのことぐぼうぁっ!」
「なっなっなんて破廉恥なっ!」
いきなりのマジ殴り攻撃でダウンした孝平の襟首を引っ掴み、ずるずる引き摺ってどこかへ連れ去ってしまったのだと‥‥‥唯一の目撃者である寮長は、後に語ったとか、語らなかったとか。
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