"song of a bird."(reprise)/F  


  

 青く高い真夏の空に定規で白い線を引くように、まっすぐに伸びていく飛行機雲をちらりと見やって、
「もう来た! 早く逃げないと不味いってこーへー!」
 学院の正門へ続く道の上で、かなではぐいぐいと孝平の手を引っ張る。



「ちょっと待ってよかなでさん! 何なんだよ急に!」
「だから不味いんだって!」
「それに陽菜は? そんな不味いのに陽菜は」
「そのヒナちゃんから逃げてるの!」
「‥‥‥は?」
「だーかーらーっ!」
 先程、いきなり孝平の部屋に乱入してきてからずっとこんな調子で、勢いに押されるままに寮から出てきてしまったものの、かなでが言っていることの意味もわからなければ、何故寮から引っ張り出されなければいけないのかもよくわかっていない。
 ふたりがそうこうしているうちにも、通算みっつめの飛行機雲が島を飛び越え、本島の方へ消えていった。



「‥‥‥ということなの。わかった?」
「全然わかりません」
「ああもうわかんない子だなあっ」
「わかりやすくしようとか思わなくていいですから、普通の説明を普通にしてください、かなでさん」
 ダイナミックな身振り手振りや擬音が満載の『わかりやすい』説明は‥‥‥普段であれば、要領は得ないにもかかわらず何故こんなに要点が伝わってしまうのか、いっそ不審に思えるくらいわかりやすいのだが、かなで自身が焦っているせいなのか、今日のところは単に支離滅裂で要領を得ないだけであった。
 こんなかなでは見たことがない。
 故に、何だかわからないが何かが起きているらしい、ということだけを、取り敢えず孝平は理解した。
「でもそうなると、やっぱり陽菜を放ってはおけないと思うんですけど」
「ヒナちゃんは、少しの間そっとしておけば大丈夫だから。その間にこーへーが怪我しないことの方が大事」
「‥‥‥あの、かなでさん? さっきから、陽菜が何かやってるみたいに聞こえるんですけど?」
「だからやってるんだってば。ほら!」
 かなでが指差すのは、数え間違いでないなら通算六つ目の飛行機雲だ。不細工な螺旋を描きながら、それはふたりの頭上をゆっくりと飛び越えていく。
「ほら‥‥‥っていや、だからあの飛行機が何か」
「飛行機はあんな変な飛び方しないよ。あれは隕石」
「い、っ」



 言っている間に。
 七つ目から十二個目までが、一気に空を流れる。
 やがて‥‥‥学院の敷地を飛び越え損ねでもしたのか、バラバラの軌道を辿る六つの飛行機雲のうちひとつが、ふたりの立っているあたりを目掛けて落下を始めた。
「来た」
「ってかなでさん、逃げないと!」
「あんなに高くて遠いのにはっきり見えるんだもん、もう足で逃げても間に合わないよ。だからさっき、早く行こうよって行ったのに」
 先程までよりは余程落ち着いた印象のかなでが、頭上の帽子に指を掛けた。
「帽子?」
「ラプラスくん、準備はいいかな?」
『相変わらず悪魔使いの荒いことだな、魔術師よ』
 帽子の奥から、淀んだ物憂げな声が脳を揺らす。
「ま‥‥‥魔術師って言った‥‥‥?」
「ヒナちゃんはもっと凄いよ?」



 飛行機雲が‥‥‥飛行機雲のように長く尾を曳いて墜ちてきた星の破片が、落着する筈だった地点とは僅かに異なる地点へ、空に向かって裏返された帽子の中へと沈んでいく。
 かなでが翻した帽子の中に、得体の知れない大きな瞳を視た、ような気がした。



「これでまあ、当面の危機は去ったかな? 本土に幾つか落ちちゃったみたいだけど」
 帽子を被り直し、かなではほっと一息。
「いや、それはひょっとして、ものすごい大事件なんじゃないかって気がしないでもないんですが」
「こーへーが大丈夫なんだからおっけー」
「えええええ‥‥‥」
 孝平は心配そうに本土の方を眺めるが、幾つか棚引いている黒煙の先が見えるだけで、具体的な被害状況はまったくわからない。
「それで、今の騒ぎと陽菜って」
 尋ねられたかなでは一瞬きょとんと孝平を見つめ、
「だーかーらー、ヒナちゃんが喚んだんだよ、今の隕石。何度もそう言ってるのに」
 肩を竦めながらそう答え、
「‥‥‥は?」
「ヒナちゃんは自分が魔法使いだってわかってないから、知らないうちに変な暴走しちゃうことがあるんだよ。時々ちゃんと説明してるんだけどねえ」
 ついでのように、困った困った、と呟く。
「あ、ちなみに今日のコレはね、ゆうべちょっと夜更かしして、今朝の寝覚めがイマイチで、ちょっと機嫌悪かったみたい」
「そ、それだけですか?」
 たかだかそれくらいの理由で十数個の隕石。
 嘘か本当かわからないが、もしそれが本当のことだとしたら、陽菜には一刻も早く、自分自身の正体を把握してもらう必要がありそうだ。
「今まででいちばん酷かったのは、前にこーへーが引っ越して行っちゃった日の晩だったかな?」
 にこやかにかなでは話を続けるが‥‥‥孝平としては、その時に何が起きたかなんて知りたくもなかった。

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