「うーん、開かないねえ」
「そうみたいだね」
かなでと陽菜が代わる代わるドアノブを捻るが、がちゃがちゃと音をたてるだけで、一向にドアが開く気配はない。
「窓にも鍵掛かってたしカーテンも閉まってたし。どうしちゃったんだろ、こーへーってば」
そう、ここに来る前の段階で、ベランダからのアプローチには失敗している。
その上玄関からの呼びかけにも応じないということは‥‥‥留守なのか、それとも、もう寝てしまってでもいるのか。
「しょうがないんじゃないかな。それじゃ今日は、お茶会は中止?」
「ぇー? それはないよー。せっかくの新商品なのにさー」
大事そうに胸に抱えたポテトチップスの袋ががさがさと音をたてる。
「こらー、こーへー! 無駄な抵抗は止めて扉を開けなさーい!」
「ちょっとお姉ちゃん、寮長さんがそんな大騒ぎしたら」
振り返った寮長は満面の笑みで、高らかにこう言い切った。
「揉み消すから大丈夫!」
寮の皆さんごめんなさい‥‥‥心の中でだけ、陽菜は深々と頭を下げた。
再び、孝平の部屋の前。
「うーん‥‥‥謎はいよいよ深まってきたねえ」
小首を傾げるかなで、その脇に立つ陽菜のさらに後ろには、
「あの、かなで先輩? わたしたちはどうしてこちらに」
「そうね。用がないならさっさと帰らせて欲しいのだけれど」
「あら。紅瀬さんと話が合うなんて珍しいわ」
「‥‥‥ふん」
理由はよくわからないが、新たに加わった三人の少女たちが所在なげに佇んでいる。
「三人の部屋のどれかに孝平がいるんじゃないかなーって思ったんだけど、それも違ったみたいだし」
ますますかなでの首が傾く。
「いないとわかったなら用はないわね。失礼するわ」
「あああ待ってきりきり! もうひとつ!」
「ちょっと‥‥‥」
踵を返そうとした桐葉にかなでが抱きついた。
「それより寮長、『もうひとつ』って? まだ何かあるんですか?」
代わりに訊ねたのは瑛里華だ。
「そう。もう門限は過ぎてます。みんなの部屋にも、談話室とかそういう部屋にも孝平はいませんでした。ということは、孝平はこの、孝平の部屋の中にいると推測されます。しかしこの扉は何故か全然開いてくれない! そこでっ!」
ばん。
かなでの右の手のひらが、玄関の扉を勢いよく叩く。
「あああ皆さんすみませんすみませんすみません」
音に気づいて顔を出した男子生徒の何人かに、陽菜がぺこぺこ頭を下げるが、無論かなではそんな細かいことには頓着しない。
「必殺の奥の手、『プロジェクトA』の決行を宣言します!」
「‥‥‥ぷろじぇくと、えー、ですか」
「そう! 『プロジェクトA』、即ち!」
「なんて大仰な前振りで、一体何を始めるのかと思えば」
「まあまあえりりん。ほら、お茶入ったよ」
どこからか持ってきて廊下に広げたビニールシート。
これもどこから引っ張ってきたのか、長い電源ケーブルの先には電気ポット。
真ん中、お菓子が盛られた籐編みの篭を囲んで、紅茶や緑茶や、銘々に好みのお茶を啜る五人の少女たち。
「一体何が『プロジェクトA』なのかしら」
合点がいかない様子の桐葉に向かって、
「『天の岩戸』の頭文字とか、そのくらいのことよ、多分だけど」
吐き捨てるように瑛里華が呟いた。
「でも、この状況と『天の岩戸』にどんな関係が」
「だから、ここで私たちが楽しく大騒ぎしていれば、物音を聞きつけた支倉くんが部屋の中から出てくるんじゃないか、っていう企みなんでしょ。きっと」
「‥‥‥ああ」
「なるほど、そういう意味だったんですか!」
得心がいったのか、桐葉と白はそれぞれにぽんと両手を合わせ、
「やっとわかりました! なるほどー!」
「くだらない思いつきね、寮長」
次には、まるっきり逆の言葉を同時に吐き出して、
「にゃにをうっ!? っていうか何その可哀想な子を見るような目つきはっ!」
「というか、こんなことをしても無駄だと思うのだけれど」
かなでの反駁を華麗に放置しつつ、桐葉はさらにもう一言、小さな声でぼそりと続ける。
「あら。一日のうちに何度も何度も、私と紅瀬さんの見解が一致を見るなんて、本当、珍しい日もあったものね」
応じる瑛里華の声も、恐らくは桐葉にしか届かなかっただろう。
「お互い大変ね悠木さん、変な兄やら姉やらに振り回されて」
こちらははっきりと、聞こえるように陽菜に告げる。
「あ、あはは‥‥‥」
もう笑うしかない、と陽菜の顔に書いてあった。
「さて。では宴もたけなわになってきたところで」
「どこの宴がどのようにたけなわなのか、私にはよくわからないけれど」
「一番、悠木かなで! 歌いますっ!」
やおら立ち上がったかなでは、その辺にあった菓子の大袋を丸めて握る。
「まーちーのはっずっれでシュヴィドゥヴァー」
「あんた幾つよ一体っ!」
「その突っ込みは自爆だと思うけれど」
「その突っ込みだって自爆でしょ!?」
そうして‥‥‥ごく厳密にいえば、かなでの思惑とは若干ずれてはいたものの、ともかくも盛り上がりつつあった五人の傍らに、
「こんなところで何やってんの?」
どうも廊下の向こうからやってきたらしい孝平が、いつからか呆然と立ち尽くしていたのだった。
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