それは、とある休日のお昼過ぎ。
「あ! ちょっと、悠木先輩じゃないですか! どうしたんですか今日は?」
「ん? うん、愛しのヨメがチョコくれるっていうから」
「本当だ! お元気そうで何よりです寮長!」
「こんにちは先輩!」
「おお、みんな久しぶりだねー。元気してたかな?」
「ああやっぱり白鳳寮はこうじゃないと」
「支倉先輩も頑張ってくれてましたけど、やっぱり寮長はかなで先輩がいいなー」
「でも、こーへーはできる子だったでしょ?」
「うっわー、すっごい笑顔で惚気られたー」
「はいはいごちそうさまごちそうさま」
「え、あれが悠木先輩なんですか? ‥‥‥わっ私、本物は初めて見ました」
「いやそんな拝まなくても。ってそういえば、わたしも初めて見る顔だけど、四年から入ってきたのかな?」
「はっはははいっ! でっでっ伝説の寮長先輩にお会いできて光栄ですっ」
「わっ、ねえちょっとみんなー! かなでさん来てるよー!」
「あ、そうだ、誰か寮長呼んできて寮長! 悠木先輩が来たって全館放送」
「待って待って! 全館放送なんかしたら、彼氏がすぐお持ち帰りに来ちゃう!」
「ぇー?」
「そっか! ごめん今のなし! 寮長呼んじゃダメ! 支倉先輩にバラしたらシールの刑ね!」
「‥‥‥ぇー?」
寮の玄関口にひょっこり姿を現したかなでは、目敏い発見者たちによって、あっという間に包囲されてしまったのだった。
『建物中で噂になってるみたいだよ? お姉ちゃんが来た、って』
携帯電話の向こうから、心なしか嬉しそうな陽菜の声が飛び込んでくる。
『談話室が何とかって誰か言ってたのも聞いたから、もしかしたらお姉ちゃん、そのまま談話室に連れて行かれちゃったのかも』
「卒業してからだってもうじき一年経つっていうのに、相変わらずものすごい人気だな」
生徒会役員や寮長の任期は十月までだ。かなでの後を引き継いだ孝平の肩書きが『寮長』から『前寮長』に変わって、既に四ヶ月が経っている。
『でも孝平くん、迎えに行かなくていいの?』
「んー。今すぐに出て行ったりしたら、囲んでる連中に恨まれそうなのがなあ」
有名人を彼女に持った彼氏の苦悩とは、時にこうしたものであるのかも知れない。
『あは、そうかも。‥‥‥取り敢えず、わたしの準備はもうできてるから、孝平くんの部屋へ持って行くよ』
「ああ。そうしてくれ。待ってるから」
『ん。それじゃ、すぐ行くね』
控えめな電子音を最後に、通話が切れた。
携帯電話を机の充電台に戻して、孝平は自分の部屋の中をぐるりと見渡す。‥‥‥かなでが卒業してからも『お茶会』と称される集まりは相変わらず続けられていて、だから、迂闊に荷物を増やすわけにもいかなかった孝平の部屋の様子は、かなでが寮長だった頃とあまり変わっていない。
空きスペースに卓袱台を出して、孝平は陽菜の到着を待つ。
『孝平くーん、開けてくれるー?』
程なく、陽菜の声と、玄関のドアをこんこんとノックする音が聞こえてきた。
「おう。すぐ開けるー」
答えながら、孝平も部屋の玄関へ向かう。
何だかんだで、それから小一時間が過ぎた頃。
「わかってたならすぐに助けに来てくれればいいのにー。ぶーぶー」
助け出されたかなでは、談話室の扉が閉じられた途端にそんなことを言い出し、
「すみません。ちょっと入っていくタイミングが掴めなくて」
「でもよかったよ。みんな元気そうで」
そうかと思えばすぐに笑顔になって、感慨深げにそんなことを呟いた。
「集まった子たちからいろいろお話聞いたよ。わたしの次の一年間、こーへーはちゃんと寮長さんやってたみたいだね。えらいえらい」
「そりゃ、伝説の名物寮長のすぐ後でしたからね。手は抜けませんでした」
「でもシールは一枚も貼らなかったって聞いたよ?」
「どーやって作れっていうんですかあんなシール」
『風紀シール貼っちゃうぞ』から『風紀シール作ってもらっちゃうぞ』へ、殺し文句が置き換わりはしたが‥‥‥なにしろ孝平とかなでの関係は寮の全域に知れ渡っていたから、実体としての風紀シールが実は寮長の手元に一枚もなかったにも拘らず、孝平が寮長であった間、抑止力としての『風紀シール伝説』効果が衰えることはなかった。
孝平の後任が寮長として活動を始めている昨今になってようやく、伝説の猛威にはやや翳りが見え始めているが、それは正しいことだと孝平は思う。そんな風に長い長い時間を掛けて、これから『風紀シール伝説』は本物の伝説になっていくのだろう、とも。
それはさて置き。
「えー? だからー、真っ白いシールの台紙とペンを用意してー」
「そこまでは何度もやったんですけど」
それは何度か聞いた話ではあったが、
「おもむろに、ぐりぐりーって描く」
「前から言ってますが、そこが全然わかりません。一体何をどう描いたらあんなことに」
『おもむろに、ぐりぐりーって』とだけ何度言われても、具体的な方法論としてはさっぱり要領を得ない。
「それがわたしもよくわかんないんだよねー。わたしがやったらあんなに簡単なのに、どうしてこーへーにはわかんないのか」
「むしろ簡単にできちゃうことの方が不思議だ」
そうこうしているうちにも‥‥‥普段よりもやや長めに時間を掛けて廊下を歩くふたりの前に、孝平の部屋のドアがゆっくりと近づいてきていた。
「あ、いらっしゃい、お姉ちゃん」
「おー、ひなちゃん! 会いたかったよー!」
暫くぶりに再会を果たした悠木姉妹が卓袱台の前で抱き合っている。‥‥‥より正確を期するならば、かなでに飛びつかれた陽菜が、やり場に困った自分の手を、取り敢えずかなでの背中に回している。
「テーブルの側で暴れないでくださいねー」
「うー、こーへーが意地悪だー。せっかくの感動の再会なのにー」
ジト目で睨まれて、孝平は苦笑を零す。
「ごめんね、お姉ちゃん。私も孝平くんも今年受験だったから、あんまり遊びに出たりとかできなくて」
「わかってるわかってる。去年の今頃はわたしもそうだったし。でもふたりとも、もう終わったんだよね?」
「うん。来年は私たちも、お姉ちゃんと一緒の大学だね」
全寮制の高校生と大学生が一緒に遊べるのは週末だけだ。しかも、去年はかなでがそうだったように、今年は孝平と陽菜が大学受験に向けて勉強漬けの日々を送っていた。
ふたり揃ってかなでと同じ大学への進学が決まり、ようやく羽根を伸ばせるようになったのが、たまたま今度の週末だった、ということであり‥‥‥バレンタインが云々はその口実くらいのことだ、と孝平は思っていた。
「そかそか」
嬉しそうに笑って、かなでが卓袱台の前に座る。
「そしてこれが、ヨメがわたしのために作ってくれた、バン・アレン帯のお誕生日ケーキ!」
その卓袱台の真ん中にどーんと置かれた、チョコレートデコレーションの大きなホールケーキ。
「オーブンがないから、私はデコレーションしただけだけどね。‥‥‥あれ? ねえ孝平くん、ばんあれんたい、って誰?」
「よくぞ聞いてくれましたひなちゃん!」
「気にしなくていい。ネットのネタみたいなもんだ。さて」
「え? なんで寝っ転がるの? あれ? ‥‥‥え、なんでお姉ちゃんは立つの?」
さて本日バレンタインデーなのですが、バレンタインと言えばバンアレン帯を思い浮かべる
人も少なくないのではないでしょうか?バン・アレン帯(−たい)とは地球磁場にとらえられた
陽子、電子からなる放射線帯の事で1958年にアメリカが人工衛星エクスプローラー1号を
打ち上げ、衛星に搭載されたガイガーカウンターの観測結果よりジェームズ・ヴァン・アレン博士が
発見しました。地球を360°ドーナツ状にとりまいており、内帯と外帯との二層構造になっていて
赤道付近が最も層が厚く、極軸付近は層が極めて薄くなっております。内帯は赤道上高度2000
〜5000kmに位置する比較的小さな帯で陽子が多く、外帯は10000〜20000kmに位置する大きな
帯で電子が多く太陽風などからの粒子が地球の磁場に捕らわれて形成されると考えられています。
ちなみにひなちゃんはわたしのヨメなのでキミらにはあげません。
また、地球以外にも磁場を持つ惑星である木星、土星においても存在が確認されています。
過去には 宇宙船でヴァン・アレン帯を通過すると人体に悪影響があり危険とされていましたが、今では
通過時間がわずかである事、宇/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\宙船、宇宙服による遮蔽が可能な事から
\ほとんど問題はないと言わ | うるさい黙れ |れています。なお昨今になってこの/
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\_______/ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
∨ (゚д゚ )
<⌒/ヽ-、__ノヽノ
/<_/____/ < <
こんな長回しをぺらぺらと淀みなく捲し立てるかなでも大概アレではありつつも、わざわざその場に寝転がって『うるさい黙れ』と答えるタイミングを計っている孝平もまた随分とアレであって、要するに、どっちもどっちなのであった。
「うわーん! こーへーに『うるさい黙れ』って言われたー!」
そして、笑いながら泣く素振りだけしているかなでの頭を陽菜が撫でる。
「よしよし。孝平お兄ちゃんは意地悪さんですねー」
これじゃヨメというより母親だ、と孝平は思う。
「でも『孝平お兄ちゃん』って響きはちょっといいな」
「‥‥‥え、そこなの?」
「あ、そうかも。何かの気の迷いでこーへーが本当にわたしのダンナとかになっちゃったら、こーへーは本当にひなちゃんのお兄ちゃんになっちゃうんだよ?」
「うわーん、『気の迷い』とか言われたー」
「はいはい、孝平くんも泣かない泣かない」
陽菜は、今度は大袈裟に傷ついた振りをする孝平の頭に手をやる。
「そしてひなちゃんはわたしのヨメ! いやー両手に花でおねーちゃんめでたいなー!」
「お姉ちゃん、孝平くんは男だよ? そういうのも『両手に花』でいいのかな?」
「いいんだよ。だってほら、花にだって雄しべと雌しべがあるんだし」
わかったようなわからないような話だ。
「さて。私、お茶淹れてくるね」
陽菜はそう言って立ち上がり、
「待ってました!」
「まだ来てません!」
「‥‥‥ふふっ。すぐ準備できるから、ちょっと待っててね、ふたりとも」
くすくす笑いながらその場を後にする。
「さて、こーへー」
陽菜がいなくなったのを見届けると、かなでは持って来た鞄の中から赤い包みを取り出した。
「‥‥‥はい。本当はちょっと違うんだけど、わたしからこーへーにあげるチョコ」
何故か小声でぼそぼそと呟く。
「ありがとうございます‥‥‥なんでこっそりなんですか?」
首を傾げつつ、孝平はその包みを受け取った。
「だって恥ずかしいんだもん。ひなちゃんのはこんなにちゃんとしたケーキなのに、わたしだけ」
俯き加減のかなでの顔が真っ赤になっている。余程恥ずかしいらしい。
「でも陽菜だって、俺とかなでさんが付き合ってるの知ってるし」
「そうじゃなくって!」
そして、かなでにとっての誤算は、
「‥‥‥何がそうじゃないの?」
「わっ! ひなちゃん早すぎっ!」
陽菜が戻ってくるのが、想像していたよりも随分と早かったことだった。
「お姉ちゃんも孝平くんにチョコ?」
「え、そそそうだけど、こっこっこれはその、ななな何でもないっていうかえっとあの」
「ってことは、手作りなんだ。孝平くん、この間お姉ちゃんが、チョコ作るから教えてってメール」
「わーっわーっわーっ!」
陽菜の言葉を必死で遮ろうとする。
「うー、ひなちゃんまで意地悪だー」
「本当にどうしたの、お姉ちゃん?」
「‥‥‥ええい! だからっ!」
渡した包みを孝平の手からひったくって、かなでは自分で包装紙を破った。
幾つかの何かが裂け目から転がり出て、ばらばらと床に零れ落ちる。
「板、チョコ?」
拾い上げた陽菜の手のひらの上に、それぞれ銘柄の違う五枚のチョコ。
「教えてもらったんだけど、作るの失敗しちゃったの! だから本当はこれは、このまま渡したかったんじゃなくて、その、本当は、これは材料にしようと思って買っといた奴で! でも間に合わなくって!」
自棄気味のかなでが叫ぶように告白し、
「そうだったんだ。‥‥‥それなら、ちょっと待ってて。すぐ取って来るから」
「あ、ひなちゃん!」
合点がいったようにひとつ手を打って、陽菜は孝平の部屋から駆け出していった。
バレンタインが云々はその口実くらいのことだ、と孝平は思っていた。
‥‥‥そんな軽いものではないということを、改めて、孝平は思い知った。
「ありがとうございます。嬉しいです、かなでさん」
泣き出しそうなかなでの身体を抱きしめて、耳元に囁きかけながら、
「許して、くれる?」
「当たり前です。こんなに想ってもらえてるのに、許さないなんて言ったらそれこそ罰が当たる。それに」
孝平は、陽菜が出て行った扉を見つめる。
「かなでさんのヨメは、できる奴ですから。ね?」
「‥‥‥ん。うん。うんっ」
同じ扉を見つめながら、腕の中のかなでが何度も何度も頷く。
果たして。
「ホットプレート、だね」
「鍋とカセットコンロもあるな」
「ん。ホットプレートって平らだし、こういう大っきい道具だったら蹴っ飛ばしたりもしないしね」
陽菜が持って帰ってきたのは‥‥‥いつぞやのお茶会だかお食事会だかで活躍したホットプレート、それから土鍋にカセットコンロに、あとは銀紙や箆といった道具類だ。
「で、これ、どうするんだ?」
「お姉ちゃんがチョコ作るの。今から、ここで」
「へ?」
当のかなでがいちばん驚いた顔をしていた。
「だってこれ、材料なんだよね? ‥‥‥そりゃ、ちゃんとしたキッチンじゃないから凝ったお菓子は無理だけど、湯煎でチョコを溶かして形を変えるくらいだったら、これだけ道具が揃ってれば充分」
言いながら、陽菜はかなでの手を握る。
「材料だって思ってるものを何もしないでそのまま渡すなんて、悔しいよ、女の子として。だから一緒に作ろう? 諦めて材料渡すなんてしなくても、今ならちゃんと間に合うから。ね?」
「ひ‥‥‥ひなちゃんっ! ありがとーっ!」
悠木陽菜という女性は、実にできたヨメであった。
「だから孝平くん。お返し、期待してるからね?」
悠木陽菜という女性は‥‥‥実に、よくできたヨメなのであった。
「プレートごと全部は冷蔵庫に入らないから、ある程度冷めて固まるまではそのまま置いておいて」
向こうでお茶の支度をしながら、今後の段取りについて陽菜が説明している。
「もうちょっと固くなってから、下敷きを雑誌か何かに変えて、冷蔵庫で冷やすといいかな」
カセットコンロの火力の弱さに起因する悪戦苦闘もようやく一段落。なかなか流動しない液体と化した五枚のチョコレートは、銀紙に包んだボール紙でハート型に加工され、同じく銀紙を敷いたホットプレートの上に立てられた、幾つかの壁の内側にすべて収まっていた。
「ごめんねこーへー。何だかばたばたしちゃって」
申し訳なさそうにかなでが頭を下げたが、満更でもなさそうに頬が緩んでいた。
「いやいや。俺なんかのためにここまでやってくるんだから、その気持ちだけでも充分ですって本当に」
「でもさ、自分がもらうチョコ作るのを手伝う男の子の話なんて聞いたことないよね」
「まあそれはそれで楽しかったし」
「お待たせ。お茶、淹れ直したよ」
陽菜が戻ってきて、三人は改めて卓袱台を囲む。
そこに置かれたホールケーキはまだ手つかずのままだ。
「さて。では取り敢えず、これからみんなで陽菜のケーキを食べようと思いますが、その前に」
こほん。ひとつ咳払いをしてから。
「陽菜、俺の妹になってくれ。本当に」
突如、孝平は陽菜に向かってそんなことを言い、
「え? ‥‥‥え?」
事態が飲み込めていない陽菜はぱちぱちと瞬きを繰り返し、
「ひなちゃんはあげませーんっ!」
条件反射か何かのように、かなでは叫びながら拳を振り上げて、
「っていうかこーへー、プロポーズはプロポーズする相手に向かってやってくんないかなあ? ちゃんとやんないと頷いてあげないぞ?」
その振り下ろす手が、孝平の額にぺたりと何かを貼りつける。
「うおお‥‥‥久しぶりですね、この名状し難い宇宙的な」
もちろんそれは風紀シール。
しかも、この期に及んで絵柄が新作であった。
「えええ、プロポーズ? ‥‥‥って、わたしが、孝平くんに? え? で、でも、私はいいけど、お姉ちゃんは?」
どうもまだわかっていないらしい陽菜だが、考えようによってはとんでもないことを呟いているような気も若干しないではない。
「ほらひなちゃんまだパニックだし。はいこーへー、やり直し」
「だから陽菜、俺の妹に」
「そこで同じネタを繰り返すとはいい度胸だ」
ぺたし。二枚目が貼られる。
遠のきかけた意識を必死で繋ぎ止めながら、二枚目も剥がして床に放り出して、そして。
「つまり、つまりかなでさん、俺のヨメになってください」
今度は‥‥‥今度こそ、かなでに向かって孝平はそう言い、
「ああ、そっか。妹ってそういうことか。‥‥‥って、えええええええっ!」
ようやく事態に追いついた陽菜が、今頃になってその意味に驚き、
「はい。‥‥‥こーへーが、わたしで、よければ」
今日になって二度目の涙を目尻に浮かべて、かなでが、こくりと頷いた。
ところで、話の流れで二度ばかり食べ時を逸した大きなホールケーキは、未だに原形を留めていて。
「でも、そんなお祝いなんだったら、もっとちゃんとしたケーキがよかったね」
やや残念そうに呟きながら、陽菜がナイフを入れた頃には‥‥‥大きな窓から差し込む光は、すっかり西日の色に変わってしまっていた。
「いや。これでいい。っていうか、これがいい」
「嗚呼、ありがとう! ありがとう! 小粋なダンナと素敵なヨメに囲まれて、かなではしあわせですっ!」
取り分けられた小皿の上のケーキを、必要以上にきらきらした瞳でかなでが見つめている。
「さあ。お茶も淹れたし、今度こそお茶会しようか。お姉ちゃんと孝平くんの婚約祝いも兼ねて」
三度目の紅茶が注がれたカップを銘々に持ち上げて、
「それじゃ、乾杯!」
「かんぱーい! 大学合格も学院卒業も何かいろいろおめでとーっ!」
「お姉ちゃんも婚約おめでとう!」
ケーキの上で軽く触れ合ったみっつのティーカップが、こつん、と小さな鈍い音をたてた。
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