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「そういや孝平、年末年始はどうするんだ?」訊ねた司はそんな大事だとは思っていなかったのだが、
 「それがだな‥‥‥」
 一拍、間を置いてから、孝平は大袈裟に頭を抱えた。
 「ここの寮、冬休みは追い出しが掛かるんだと。実家側の夏休みはタイミングが一緒とは限らないからってことでずっと平常運転してたんだけど、年末年始は全国共通だから、ってことらしい」
 「まあ、普通の考え方だな」
 「だから追い出されるのは確定なんだが、残念ながら、俺には帰る実家がない」
 「‥‥‥は?」
 
 
 
 
 本当にないのだ。孝平が修智館に転校して寮に住むようになってからというもの、息子の修学環境という軛からも解き放たれた父親は、それまで以上の根無し草ぶりであちこち飛び回っている。社会人、職業人として、そのように引く手数多であること自体はよいことだと思うのだが‥‥‥しかしそのおかげで、寮から追い出されるとなると途端に路頭に迷うことになる。
 「それはまた‥‥‥でも、お前みたいなのが今までひとりもいなかったとも思えないし、事情を話せば何とかしてくれるんじゃないのか?」
 「と言ってみたら、ものすごい返答が来た」
 まあ居るのはいいが支倉、そうすると、一斉退寮期間が明けるまでは寮から外に出られんぞ? 大丈夫か?
 確かにさっき、アオノリはそう宣ったのだ。
 「寮から?」
 流石に、司も眉を顰めた。
 「それ、『修智館の敷地から』の言い間違いじゃなくてか? だってお前、寮の中なんて風呂しかないだろ」
 購買も食堂も別棟だ。
 一応、簡単なキッチンは各部屋に据え付けられているが‥‥‥逆にいえば、『寮から』出られないということは、予め買い置きしたもの、そこで自分で作れるものしか口にできない、ということであり、
 「それも確認した。『寮から』で間違いない。まあ、一斉退寮の間はそもそも食堂も購買も営業してないから、『修智館の敷地から』だったとしても実質は同じだ」
 「うわ‥‥‥」
 「ついでにいえば、一斉退寮期間中は定期点検兼ねて大浴場閉鎖。『風呂しかない』って言ったけど、正確には『風呂』もない」
 しかも事態は、司が思ったよりも徹底していた。
 
 
 
 
「まあ、何とかするさ。寮がなくても、外には色々あるわけだし」「いや、だけどお前、年明けからそんなかよ。それってこう‥‥‥何ていうかこう」
 司の視線が気遣わしげだ。
 こんな表情は見たことがなかった、と思う。
 「しょうがないさ。後ろ向きなこと言ったって始まらないし、いい機会だからどっか旅してこようかと思って」
 そこまで言ったところで、
 「こぉぉぉへぇぇぇぇっ!」
 ものすごいスピードで廊下から教室に駆け込んできたかなでは、
 「ちょ、うぐぉあっ!」
 その勢いをまったく殺すことなく、椅子に座った孝平に突き刺さるようなタックル。
 「ねえこーへー、寮を追い出されるって本当なの? もしかして何か悪いことしたの?」
 話の中で話がエスカレートしていく。
 「学院追い出されちゃうような悪いことって一体」
 当然、そんな事実はどこにもないのだが、
 「そんな悪い子お仕置きだーっ!」
 体重の代わりに速度の乗ったかなでの身体を鳩尾に、しかもまったくの不意打ちで突き込まれ、呼吸もままならない孝平には、反論どころか抵抗する余裕もなく、
 「お仕置きっ! お仕置きお仕置きっお仕置きっ!」
 何も言わない孝平の額に、ばしばしと何枚もシールが貼られていく。
 「‥‥‥藪から棒に何スか寮長」
 見かねた司が割って入る。
 「え、だってへーじ」
 「どこでどう話を聞いてきたのか知りませんけど、そんなタックルで椅子ごとぶっ倒されたり、風紀シールばんばん貼られるようなことは、孝平は何もしてないスよ」
 「そうなの?」
 「んなの決まってるじゃないスか。大体、孝平が一体何したっていうんです? それを、話聞くでもウラ取るでもなく、ただ単に『お仕置きお仕置きー』って‥‥‥あんた一体、孝平を何だと思ってるんスか」
 剣幕に圧されて、かなではようやく孝平から離れる。
 「ちょっ‥‥‥お姉ちゃん! なんでいきなりこんなことになってるの! 孝平くん大丈夫? ねえ?」
 かなでの足と話の流れに陽菜が追いついた頃になってようやく、孝平のダメージも回復に向かい始めた。
 
 
 
 
「ごめんなさい、わたしの早とちりでした‥‥‥」孝平から回収したシールを自分の額に並べて貼ったかなでは、普段よりも二回りくらい小さく見えた。
 「いや、いいですけど」
 「怒る時はちゃんと怒った方がいいよ、孝平くん」
 「そうかも知れないけど、心配で気が動転しちゃったっていうのは嘘じゃないんだろうし、ってことは、心配してくれてたんだろうし」
 苦笑しつつ、陽菜に手を振ってみせる。
 「でも、そうすると孝平くんは大変だね‥‥‥っていっても、このお正月はうちは旅行に行っちゃうし。一緒に行ければいいのかも知れないけど」
 申し訳なさそうに陽菜は言った。
 「いやいや。そんな気を遣わなくても、俺は俺で何とかするって」
 「でも、何とかっていっても」
 「こういう機会だから、俺もちょっと遠くへ行ってみようかな、って。何かアテがあるわけじゃないけど、まあ、気が向いた方へ向かう感じ」
 「よーし。それなら、そんなこーへーにはこれだ!」
 かなでがポケットから出したものは、
 「サイコロ? ‥‥‥なのか?」
 「でも数字じゃないね。模様っていうか」
 小さな立方体の六面には、電車の絵、車の絵、飛行機の絵、自転車の絵、船の絵、靴の絵のシール。
 「なんでこんなの持ってるのお姉ちゃん‥‥‥」
 呆れ顔の陽菜の横から腕が伸びて、
 「なるほど。それはそれで」
 孝平の手が、そのふざけたサイコロを掴む。
 
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