Yの悦楽  


  

「年末年始? ええと、お姉ちゃんはね」
 何か嬉しいことを話すように笑いながら、
「年末は大晦日までお仕事で、年明けは二日からお仕事の予定です」
 達哉と麻衣から年末年始の予定を問われて、さやかはそんな風に答えた。



「うわ、やっぱりか‥‥‥」
「なんか毎年このパターンだよね‥‥‥」
「あ、でもね? 大晦日と二日三日はみんな定時で」
「お姉ちゃん去年もそれ言ってたけど‥‥‥それで大晦日、家に着いたの何時だったか憶えてる?」
「ん? ええとね」
 思案顔のさやかは天井を見上げている。
「‥‥‥ええとね」
 だんだん、視線が明後日へ逸れていく。
「翌日。元旦の午前一時」
 麻衣がしかめつらしい顔をしている。
「しかも、カレンさんとお酒飲んでましたー、とかならまだしも、本当にギリギリまで仕事してその時間」
 実際、ちょっと怒っているのかも知れない。
「う‥‥‥そう、でしたっけ?」
 炬燵の上、ちょっと上目遣いのさやかが、立ち上がった麻衣の顔を見上げている。
「ねえ。お仕事好きなのはいいことだって思うけど、そんなにいつもいつも根詰めてたら身体壊しちゃうよ」
 さやかの姿を見下ろして、ふ、と溜め息。
「うーん。それもそうなんだけれど‥‥‥でもお仕事はいつも山積みなのよね。誰かがやらないと」
「そんなこと言ってお姉ちゃん、自分の部下の人の仕事まで奪っちゃってるんじゃないの?」
「ぎくっ」
「言った‥‥‥今『ぎく』って言った‥‥‥」
 ともかくも、さやかは今年もそんな調子らしい。



「それじゃ、やっぱり相談し直しだね」
「そうだな。行くか行かないか、くらいまで逆戻りで」
 ポットを持って炬燵に戻るなり、麻衣と達哉が何やら相談を始める。
「行く? ‥‥‥って、どこへ?」
 さやかが首を傾げた。
「ええとね、どういう知り合いの人かは忘れちゃったけど、お隣の知り合いの人から、温泉の付いてる別荘が借りられそうなんだって。そんなに大っきくはないけど、露天の岩風呂らしいよ?」
「場所とかまだ詳しくは聞いてないんだけど、車でも電車でも何時間かくらいの近いところだって。ああ、今年はもう雪も積もってるって言ってたな」
 露天風呂に徳利を浮かべて雪見酒。
「あらいいわね、風情があって」
 やってみたいと思ったことはあるが、実際にやってみたことはない。
「で、借りられそうだから、朝霧さん家も温泉に浸かってきては如何ですか、っていう話が」
「へ? ‥‥‥って、ええと、左門さんたちも一緒に行くんじゃないの?」
「左門の冬休みは三が日じゃないからね。最後に使った人が掃除したのも雪が降る前だし、俺たちが先に行けそうなら、お湯の出がどうだとか電気がどうだとかいうのを、ついでに一通り見といてもらえれば、って」
「ふむふむ」
 無論、悪い話ではない。
 ‥‥‥仕事さえなければ。
「達哉くんと麻衣ちゃんで行ってきたら? 温泉なんてずーっと行ってないでしょう?」
「そうだけど‥‥‥でもね、わたしとお兄ちゃんの間では、お姉ちゃんが行けそうにないなら断ろうよ、っていう風に話が纏まってて」
「え、どうして?」
「だって、『お姉ちゃんが』骨休めしてきたら、って持ち掛けてくれた話だもん。お姉ちゃんが行かないんじゃ意味ないよ」
「それに、姉さんが働いてるなら、俺たちだってこっちにいた方か何かと都合いいだろうし。だから、みんなで行くか、みんな行かないか、どっちかだよなって」
「うーん‥‥‥」
 大晦日の仕事を定時で上がって、そのまま出掛ければその日のうちには着く、くらいの場所だろうか。
 帰りにも同じくらいの時間は掛かるだろうが、まあ、元旦の夕方くらいまではゆっくりしていられそうか。



「そうね、定時でちゃんと上がれれば、行けないことはないと思うけれど」
 再び思案顔のさやかの前で、達哉と麻衣が笑う。
「ちなみに、大使館の業務はちゃんと定時で終わらせます、って聞いたよ?」
「え、大使館? ‥‥‥が、どうしてそこに出てく」
 驚いた様子のさやかは、そこで強引に言葉を切って、
「先にカレンに話したのね?」
「うん。ワーカホリックっぷりは姉さんと大差ないし、どうせ温泉行くなら一緒に、と思って」
「ってまさか、カレンは行く気でいるの?」
「お姉ちゃんさえよければ、って」
「‥‥‥え?」
 本当だろうか。
 あの生真面目なカレンが‥‥‥さやかを通さずに耳に入ったこういう話に、しかも、さやか自身の予定にも関わる話に、さやかに対する確認を飛ばして、答えを出そうとするだろうか。
「信じてもらえてないようですので」
 笑いながら口先だけ尖らせて、麻衣がポケットから取り出したのは携帯電話だ。
『‥‥‥で、今の話、録音してもいいですか? きっとお姉ちゃん、すぐには信じてくれないんで』
『構いませんよ。そういうことなら、私、カレン・クラヴィウスが、無理矢理にでも定時でさやかを連れて帰ります、と‥‥‥これで言質になりますね?』
『おっけーでーす。ありがとうございまー』
 ぴっ、という電子音と共に、録音の音声が途切れる。
「楽しみにしてるって。露天風呂に月見酒」
「もう‥‥‥」
 ともあれ、カレンは乗り気のようだ。
「わかりました。っていうか、これじゃ退けないわ」
 さやかは相好を崩す。

[MENU]
[CANDYFORCE]
[Hajime ORIKURA]
[▽ARCHIVES]
 / chain
 / ANGEL TYPE
 / FORTUNE ARTERIAL
  / Fの禁区
 / Kanon
 / PALETTE
 / Princess Holiday
 / PRINCESS WALTZ
  / Pの血族
 / Romancing SaGa
 / To Heart
 / True Love Story 2
 / With You
 / 穢翼のユースティア
 / あまつみそらに!
 / カミカゼ☆エクスプローラー!
 / 久遠の絆 再臨詔
 / 高機動幻想
ガンパレード・マーチ
 / 此花トゥルーリポート
 / スズノネセブン!
 / 月は東に日は西に
  / Tの蔵匿
 / とらいあんぐるハート
 / ねがい
 / ネコっかわいがり!
 / バイナリィ・ポット
  / Bの福音
 / 果てしなく青い、
この空の下で…。
 / 御神楽少女探偵団
 / ▽夜明け前より瑠璃色な
  / THE SECOND COMING.
  / 真夏のH!
  / 煮凝の石
  / BE HAPPY./Y
  / つたえて。/Y
  / smiling face to face./Y
  / かみなんづき
  / ▼Yの悦楽
  / the sundial.
  / 午前零時の酔話
  / spice of life.
  / 月のお姫様ホームステイ
殺人事件
  / KNOCK KNOCK.
  / "COUNTDOWN"/Y
  / "song of a bird."(reprise)/Y
  / "song of a bird."/Y
  / #140.
  / wish the same.
  / 彼女の恋人。
  / holiday.
  / 陰謀論。
  / from bathroom with my love.
  / RISE ON GREEN WINGS.
  / ANGEL BLUE
  / "singin' in the rain."/Y
  / dance, if you want it.
  / 目覚まし時計は
二度ベルを鳴らす

  / やさしいうた
  / 人気投票インタビュー
  / second coming.
  / THE TIME TO BLUE.
  / order or wish.
  / 彼の母の娘II
  / 彼の母の娘I
 / ワンコとリリー
 / その他
 / 一次創作
 / いただきもの
[BBS]
[LINK]
[MAIL]

[back.]

Petit SS Ring 
[<]
[<<]
|[?][!]| [>]
[>>]

二次創作データベース

   ARCHIVES / 夜明け前より瑠璃色な / Yの悦楽 || top. || back.  
  [CANDYFORCEWWW] Hajime ORIKURA + "CANDYFORCE" presents.