煮凝の石  


  

「宝石? 月で‥‥‥ええと何だっけ、そういうのはあんまり詳しくないんだけど」
 急に訊かれて達哉は立ち止まった。
「あー、確かだけど、アクアマリンなんかは割と採れるんじゃなかったかな。で、サファイアとかルビーの類は採れない、っていう話だったような」
「そうなんだ」
 ふむふむと麻衣が頷く。



「でも、フィーナさんのドレスについてた青いのは、あれは多分サファイアなんだよね?」
 ホームステイ時によく纏っていた、所謂『フィーナのドレス』の肘や腰にあった輝石の話であろう。
「うーん。あれがサファイアとかそういう、宝石屋で普通に見掛けるようなものなのかどうかは、俺はちょっと怪しいと思うけど」
「どうして?」
「大きすぎるし、いっぱいありすぎる」
 返答はごく簡潔だった。
 親指の先ほどもあれば文句なしに『巨大』の範疇に入る、というのが、地球においては常識的な宝石のサイズ感である。
 が‥‥‥あのドレスの石は、ひとつずつが手のひらほどもあるような大きな石で、しかも一粒だけならともかく、一着ごとに少なくとも四粒。スペアも含めて二揃いと仮定しても、それだけで八粒は存在することになる。
 少なくとも地球の常識からいえば、そんなにたくさんのそれが鉱物として自然に出土するとは思えない。



「そしたらさ、あれは月でだけ採れる新しい宝石とか、何かそういうのだったりはしないのかなあ?」
「それこそ、フィーナとか月の人に訊いてみないと何ともいえないけど」
 確かに、その可能性はあった。
「掘り出した鉱石をカットして磨いて、っていう作り方じゃなくていいんだったら、ブツ自体はサファイアとかアクアマリンとかってこともあるかも知れないか」
「そうなの?」
「人造のルビーとかサファイアっていうのが、宝石として出回ってた時期がある、ってどっかに書いてあった。見分ける技術はあるらしいから、何かは違ってるってことなんだろうけど」
 簡単にいえば、商品にならないルビーをたくさん集めて、溶かして固めて冷やす、というような方法で、ひとつの大きなルビーを作るのだそうだ。
 余談だが、青色LEDに使われる工業用の単結晶コランダムも分類としては『サファイア』である。
「でもお兄ちゃん、なんでそんなこと知ってるの?」
 麻衣が首を傾げた。
「そりゃ、あのドレスの石が何だったのか、調べてみようと思ったことがあるからだよ」
「直接フィーナさんに訊いたらよかったのに」
「それがさ」
 達哉は肩を竦めた。
「興味持ったのが大学入ってからだったんだよ。フィーナが来てる間に思いついてればなあ‥‥‥」



「でも麻衣、突然そんなこと訊いて、どうしたんだ?」
「うん。まあ、ちょっと気になったっていうか‥‥‥あの、ほら、わたしたちにも要るようになるじゃない。割と近い将来に」
 指輪はまだこれからだが、結婚すること自体はもう約束しているふたりであった。
「あれ? でも八月ってペリドットだったよな確か」
 麻衣の誕生日は八月三日。
 誕生石はペリドットかサードニクス。
「そんなことまで調べてくれたんだ」
 嬉しそうに麻衣は笑い、
「へ?」
「『ペリドット』が普通にすっと出てくる男の人って、そんなにはいないと思うよ?」
「そうかなあ」
「そうなのです」
 すっと、自然に、達哉の腕に腕を絡める。
「でもね。そんなに無理しないでも買えるんだったら、フィーナさんの石もいいかな、って思ったの」
「でもサファイアって別の月の誕生石じゃ」
「ダイヤだって四月の石だよ」
 今日日、大概の婚約指輪はダイヤである、ということになっているが、それは別に、この国で婚礼に臨むすべての花嫁が四月に生まれついたからではない。
「それって結局、『何でもいいです』っていうことじゃないのかな? だとしたら、あの石じゃいけない、っていうこともないと思うんだけど」
「まあ、そうかも知れないけど」
 それも案外、一理あるのかも知れなかった。



「それにほら、サファイアかどうかもまだわからないし。月ってアクアマリンは採れるんだよね? それならあれも、実は煮詰めたアクアマリンだったりとか」
「煮詰めた、って」
 まるで煮物か何かのようだ‥‥‥今までの話とまったく関係ない煮物の器が、突如、達哉の脳裏に像を結ぶ。
 そして、何故か器に填められた、四つの青い宝石。
「そんな馬鹿な」
「でも、人造のサファイアはそうやって作るんでしょ? イチゴ煮詰めたらイチゴジャムになります、みたいな」
 野菜の煮付けの類かと思ったらジャムだったらしい。
 土鍋のような素焼きの器の中で、くつくつと煮詰まり、融け合いながら薄青い淡い光を明滅させる謎の物体。
 何故か器の外側に填められた四つの青い宝石は、相変わらずの静謐な輝きを湛えている。
「‥‥‥そんな馬鹿な」
 今、確かに目蓋の裏にあるそれが一体何の絵であるのか、達哉にはさっぱりわからないのだが、
「ふんふふーん♪ るんららーん♪」
 まるでそれがわかってでもいるかのように、
「たらりらったらーん♪」
 何やら楽しげに鼻歌を歌いながら、麻衣はぎゅっと達哉の腕を抱く。

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