妙に真面目な表情を作って、
「どちらのことを指しているのかが問題だと思うわ」
聡明な月の姫君はそのように見解を述べた。
「どちらのこと、と言いますと?」
「月のお姫様がホームステイ先で、殺されるのか、殺人事件を解決するのか。他にも何かあるかしら、ミア?」
問うてはみるが、『他』などありはしないのであって。
「ど、どちらなんでしょう」
蜜柑を剥く手を休めて、ミアは首を傾げた。
「まあ、『姫さまが亡くなる方では』とかは言いづらいよね、ミアとしては」
悪戯っぽく笑いながら達哉がそんなことを言い、
「そ、そんなことはありません! きっと姫さまが名探偵となって」
ミアに全力で否定されると同時に、
「こら。ミアを困らせないの、達哉」
炬燵の中のフィーナの足に向こう臑を蹴飛ばされる。
「いてて‥‥‥まあ、そうだけどさ」
無論、達哉にしても、フィーナが殺されることを望んでいるわけではない。
それはそうだろう。
あれだけの想いを重ね、行き違ったり擦れ違ったりを繰り返し、山積みの試練も障害も乗り越えて、ようやく結ばれた最愛の伴侶なのだから。
「それにしたって、ちょっと無責任すぎるタイトルだよな。何なんだこれ?」
炬燵の上にあるのは、多分麻衣あたりがそこに広げておいたのだろう、テレビ雑誌のひとこま。
『年末年始、注目のサスペンス』と書かれた枠の中だ。
「客観的に言って、『ホームステイしていた月のお姫様』っていえばこの世にフィーナだけなのにな、今」
どうやら本当に、そういうタイトルのサスペンスドラマを放送する局があるらしい。
「コメントを求められたらどうすればいいのかしら」
とはいえ、楽しそうに笑うフィーナを見る限り、特に気を悪くしているようでもなさそうだ。
「大使館を通してください、でいいんじゃないの‥‥‥ってそういえば、大使館はこの件知ってるのかな? こういうの、下手したら国際問題になるんじゃ」
「フィクションはフィクションよ。何でも深刻に受け止めればいいというものでもないと思うわ。私自身が殺されるとなれば話は違うけれど」
よしんば、多少おかしな描写があったとしても、普段のフィーナや月大使館、ひいては月の社会がしっかりしていれば問題はない。それくらいの度量の広さは、スフィア王国には備わっている、と‥‥‥少しばかりの誇りも込めて、そんな風にフィーナは考える。
だが。
「だったら、フィーナも観ないといけないな。コメント求められた時のために」
「そうね。まあ取材が云々は置くとして、このドラマは私としても是非観たいと思うのだけれど」
今はたまたま、こうして朝霧家の炬燵の中にいるフィーナとミアだが、スケジュールを確認してみたところでは、ちょうどそのドラマが放送されている頃、月の王宮に戻っている筈だった。
「えと、例えばカレンさまに録画をお願いすることでしたら、きっと可能だとは思うのですが」
残念そうにミアが呟く。
「ええ。‥‥‥早く月でも地球のテレビが普通に観られるようになったらいいのに」
生放送を一緒に見るのに比べたら、技術的な障壁は非常に低い。これから国交の正常化が進めば、いずれはそういう時代が来るのかも知れないが‥‥‥残念ながら、あくまでそれは『未来の話』なのだった。
「そう、サスペンスといえば、こちらには確か『メイドさんは見た』というシリーズがあるらしいわよ? ミア」
思い出したようにフィーナが付け加えた。
「え? メイドさんが‥‥‥何を見るんですか?」
「資産家のお宅に家政婦としてメイドが派遣されて、そのお宅の様々な秘密をそのメイドが盗み見て、といった内容だと聞いたわ。結局はそのお宅の醜聞が暴かれるだけで、人が死ぬようなお話ではなかったような」
意外にドラマ通のフィーナであった。
「‥‥‥なんでそんなことフィーナが知ってるんだ? 俺でもそんなの観たことないのに」
ミアよりもむしろ達哉の方が驚いているくらいだ。
「でもそんな風に、内緒のことを覗き見るのがメイドの仕事のように思われても、ちょっと困ってしまいますね」
「大丈夫よ。そういったフィクションが少々実像と離れていても、普段のミアを知っている人は、そんなことを疑ったりはしないと思うわ」
フィーナはさっきもそんなことを言っていた。
「そうでしょうか‥‥‥皆さんに信じていただけているのでしょうか、わたし」
「もちろん。自信を持ちなさい」
「‥‥‥は、はい」
嬉しそうにミアが頷く。
「それに、フィクションはフィクションで楽しいわ」
そこで再び、フィーナは雑誌に目を戻す。
「ほら。こんなチャーミングな女優さんが私を演じてくれるというなら、それもちょっと嬉しいわ」
達哉もあまり芸能方面に詳しくはないが、確か、フィーナが指さしている写真の少女は、その時点の日本では有数の美少女俳優であるらしい。
だが、
「それは‥‥‥」
『でも、フィーナの方が可愛い』と言おうかどうしようかで大分逡巡し、
「どうだろ」
挙げ句が実に煮え切らない返答になってしまったことを後悔しているような顔、になってしまった達哉であり、
「ふふっ」
多分、そこまで全部を察した上で‥‥‥ふたりきりであれば戻ってきたかも知れない『違う返事』を想像しつつ、穏やかに笑うフィーナであった。
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