「何なのこれ?」
指先で摘み上げたメモを机に放って恭子は溜め息。
「私が訊きたいです」
困ったように呟いて、結は湯呑みのお茶を啜る。
それはそうであろう。
職員室、結の机の上に、何故か意味ありげに伏せられていたメモ。
そこに書かれたひと綴りの言葉を読点で区切るとすれば、構成要素はみっつ。『東奔西走』、『スクールライフ』、そして『殺人事件』‥‥‥これだけ無節操に一緒くたにされて、違和感を憶えない方がどうかしている。
「アレかしらね、学園のあっちからもこっちからも死体が出るような感じの事件に」
言いながら窓の外を眺める。
今日もいい天気だ。保健室からグラウンドは見えないが、放課後の学園には楽しげな生徒の声が溢れている。
『東奔西走』と『スクールライフ』はともかくとして‥‥‥誰がどう見ても、『殺人事件』などという言葉のイメージとは程遠い空気だ。
「まあ『東奔西走』と『殺人事件』にはそれで説明がついてるとして」
だが、メモの解釈と空気の話は別個の問題であった。
「『スクールライフ』はどうするんですか?」
至極当然の疑問であったが、
「現場がここなんだから、それだけでも『スクールライフ』はクリアだと思うけど」
恭子はこともなげに答えて寄越した。
「いや、現場がって‥‥‥ちょっと止めてよ、それじゃ被害者が生徒みたいじゃない」
「生徒じゃなければいいってモンでもないでしょうに。被害者が私や結かも知れないんだし」
「それは‥‥‥そうだけど」
「例えば、まず私が、そうね、温室あたりで発見されるとして。まあ死因は何でもいいけど、天井が高いから、首吊りなんか逆に無理っぽくて面白いわよね」
そのまま、自分が殺される話を喜々として続ける。
「で、この死体をどうやって吊るしたのかとか、探偵役が頭を抱えてるところで、今度は時計塔から結の死体が」
しかも今度は結が殺されるらしい。
「ちょっ、私も死ぬの?」
「生徒が殺されるよりはいいでしょ?」
妙な交換条件だ、とは思うが、
「う‥‥‥それは、まあ」
ともかくも結は一旦引き下がる。
「結の死因はどうしようかしら。焼死体なんかだと身元の判明に時間が掛かるから、わかりやすさを考えたらそういうのはナシよね」
何やら思案しながら、恭子は音をたてて煎餅を齧った。
「統一性とか考えたら、結も絞殺がいいのかなあ?」
「何の統一ですか‥‥‥」
呆れ顔の結が眉間に手をやる。
「他には、ありそうなのは刺殺。撲殺。そうだ、まるぴんで轢殺っていうのもアリかも。結、どれがいい?」
「全部お断りですっ」
他に答えようもない。
「えー?」
「えー、じゃなくって!」
立ち上がった結は腰の両脇に手を添える。
「そんなことよりも、そのメモがどうして、どこから紛れ込んできたのか、そっちの方が重要でしょ?」
それもまったくの正論であった。
「‥‥‥まあ、それもそうか」
妙に名残惜しそうな顔をして、さっき机に放ったメモを再び手に取る。
「本当これ、何なのかしらね?」
再び摘み上げたメモを窓から差し込む陽光に透かしてみたが、無論、そんなことをしたからといって、秘密の何かが浮き出てくるでもない。
「誰が考えたんでしょう、この組み合わせ」
傍らに歩み寄ってきた結も、恭子の手元を覗き込む。
「そういえば、やっぱりコレも、評判よかったらシリーズ化とかされるのかしら」
「何の評判ですか一体」
「そうなると次回作は、そうね、『東奔西走ファンタジックネットカフェ殺人事件+バラエティコンテンツ』くらいの感じ? ‥‥‥自分で言っといて何だけど、『殺人事件』の『バラエティコンテンツ』って何だろ。メイキング映像とか?」
最早、どこから突っ込んだものやら。
「それよりもその『ファンタジック』や『ネットカフェ』は一体どこから」
そこまで言ったところで、
「まさか、ひょっとして、これ恭子が書いたんじゃ」
結は訝しげな顔を恭子に向ける。
「ちょっと、いくら何でも酷いわよ結。私がそんな迷惑な悪戯する人間に見えるっていうの?」
勿論、そこに書かれた字が恭子のそれでないことには気づいているのだが、
「それ以外の何に見えるっていうんですか。そういうことは入口の『生物災害発生中』とかいう変なプレートを片付けてから言ってください」
普段が普段だけに、結としても疑いの眼差しを向けざるを得ないのだった。
|