いつか王子様が、/T[26710314]  


  

「っと。ごちそうさま」
 直樹が席を立つ。
「はい、お粗末さまでした‥‥‥って」
 そのまま、そそくさと二階へ上がっていく背中を見やって、そんな風に英理が声を掛けると、
「はああああっ」
 今の今まで直樹の傍らに座っていた茉理が、何故だか、そこで大袈裟に息を吐きながら、へなへなと食卓に頽れた。



「どうした茉理? そういえばさっきから随分難しい顔してるが」
「あ、もしかして、おかず美味しくなかった?」
 源三と英理が代わる代わる声を掛ける。
「あ、ううん、違うの。そうじゃなくて」
 何やら妙に疲れた声で答えながら、茉理は眉間の皺を揉み下ろす。
「そうじゃなくて?」
「ほら。今日、十四日だな、って思って」
「十四日?」
「って何だったかしら」
 茉理以外のふたりはそこで顔を見合わせて、そのまま、ちょっと考え込む仕草。
「‥‥‥ああ」
「‥‥‥そうね、三月十四日ね」
 合点がいったように、ふたり同時にぽんと膝を叩いた。
「そうかそうか。で、茉理が浮かない顔してるってことは、二月にチョコあげたのにまだお返しが来ないとか、そういうアレか」
「ん」
 頷くところを見る限りでは、『そういうアレ』に相違ないようだ。
「あら。直樹くんって、本当は釣った魚に餌をあげないタイプだったのかしら?」
「んー。そんなことはないと思うんだがなー」
「いやいや。別にお父さんたちが深刻になることないんだけど」
 とはいえ、今まさに夕食時も過ぎ去ろうとしている。
 少なくとも茉理にとっては大事な大事なホワイトデーは、あと何時間も残っていない。



「餌は、さ」
 気を揉んでいるのか、両手を組んだり放したりと忙しなく動かしつつ、
「ん?」
「本当に欲しかったら自分で取りに行くの。あの病気してから、あたし、そう思うようになった。だからね、『いいからお返し寄越しなさいよ馬鹿直樹』って‥‥‥明日だったら普通に言える、って思う」
「‥‥‥ぷっ」
 思わず英理が吹き出す。
「何よー」
「ごめんなさい。何でもないの‥‥‥うふふっ」
「何なのよもう」
 逞しい愛娘であった。
「ん。それでね。だからあたし、明日までは待ってられるな、って思うの」
「取りに行くんじゃなくてか?」
「取りに行くのはいつでもできるの。今でもいいし、明日でもいいし。だけど、あたしはきっと、それより欲張りで」
 そのうち、手の動きに加えて、膝から下もふらふら揺らし始めた。
「お返しくれないのかな、もしかして直樹、忘れちゃったりしてたらどうしようかな、でも憶えててくれたら嬉しいなって、もう朝からずっと、あたし、そんなことばっかりぐるぐる考えてる。直樹にバレたらどうしようって、本当は今も気が気じゃなくて」
 直樹くん、気づかなかった筈はないと思うけど。
 まあ、ポーカーフェイスのつもりだったんなら、もう少し練習した方がいいかもなあ。
 目だけで会話を成立させる渋垣夫妻である。
「‥‥‥だから何なのよー」
「ん? いや何でも?」
「っとに」
 吐き捨てるように呟いて、ぷいとそっぽを向いたまま、
「でもね。今、そういう風に、あたしは生きてるんだ、って思うの。あのまま死んじゃってたら、こんな馬鹿みたいに、直樹のお返し待ってることもできなかった」
「‥‥‥ん」
「これって、こういう風に苦しいのって、あたしのために直樹がどうっていうことじゃなくて、あたしが、好きなんだな、っていうことだと思うの」
 茉理は、そんなことを言った。
「それも大事なあたしの気持ちだ、って思うから‥‥‥だから馬鹿直樹のこと、今日の間は黙って待つの」
「そうか」
 明後日を向いたままの茉理の頭に、源三がその大きな手のひらを乗せる。
「暫く見ない間に、いい女になったな、茉理」
「ちょ、お父さんっ」
「いい男はいい女を子供扱いしないものよ。そうでしょう?」
 今度は、今にも湯気を吹きそうに真っ赤な茉理の顔の上から、英理の細い手が、源三の手のひらを持ち去る。
「おお、そうだな。悪かった」
「ふふっ‥‥‥さ、茉理も、今晩はもう部屋に戻っていなさい。直樹くんだって、私たちが一緒にいたら渡せるものも渡せないでしょう? 待つなら待つで、チャンスは作ってあげなきゃね」
「‥‥‥ん。ごちそうさま、でした」
 最後まで英理や源三の方には顔を戻さずに、茉理は居間から走り去っていった。

[MENU]
[CANDYFORCE]
[Hajime ORIKURA]
[▽ARCHIVES]
 / chain
  / ペールギュント
  / ルーペ
  / 植える。
  / 太陽
  / たくさん書いた
  / ロリータ
  / 銀色
  / 古着
  / 流布
  / バスターライフル
  / rumba
  / 降る。
  / fool proof
  / half.
  / 誰だあれは
  / あれは誰だ
 / ANGEL TYPE
 / FORTUNE ARTERIAL
 / Kanon
 / PALETTE
 / Princess Holiday
 / PRINCESS WALTZ
 / Romancing SaGa
 / To Heart
 / True Love Story 2
 / With You
 / 穢翼のユースティア
 / あまつみそらに!
 / カミカゼ☆エクスプローラー!
 / 久遠の絆 再臨詔
 / 高機動幻想
ガンパレード・マーチ
 / 此花トゥルーリポート
 / スズノネセブン!
 / ▽月は東に日は西に
  / 不明の石
  / ▼いつか王子様が、/T
  / Tの蔵匿
  / 午前零時の電話
  / 東奔西走スクールライフ
殺人事件
  / calling.
  / "COUNTDOWN"/T
  / "song of a bird."(reprise)/T
  / "song of a bird."/T
  / プレゼント。
  / おかえり。
  / oblivion?
  / "Shout it loud!"/T
  / edge?
  / "09xx"/T
  / GIVE & TAKE
  / LOVE & LUNA
  / truth?
  / farewell?
  / secret?
  / semi-sweet birthday.
  / precious?
  / SHE STRIKES BACK.
  / the last resort.
  / Wednesday Moon.
  / 「よう、ミコトンドリア」
 / とらいあんぐるハート
 / ねがい
 / ネコっかわいがり!
 / バイナリィ・ポット
 / 果てしなく青い、
この空の下で…。
 / 御神楽少女探偵団
 / 夜明け前より瑠璃色な
 / ワンコとリリー
 / その他
 / 一次創作
 / いただきもの
[BBS]
[LINK]
[MAIL]

[back.]

Petit SS Ring 
[<]
[<<]
|[?][!]| [>]
[>>]

二次創作データベース

   ARCHIVES / 月は東に日は西に / いつか王子様が、/T[26710314] || top. || back.  
  [CANDYFORCEWWW] Hajime ORIKURA + "CANDYFORCE" presents.