「俺と保奈美がつきあってるとかさ、本当にこんなになってるのに、誰も驚かないのな」
「うーん。なおくんとわたしはずっと前からつきあってる、っていろんな人が思ってたみたいだから」
カーテン越しに窓から差し込む月と街灯の薄明りの中、同じベッドの中から同じ天井を見上げて、直樹と保奈美がそんなことを話す夜があった。
「でも、それは保奈美が悪いよ」
「え? どうして?」
「どうしても何も、俺はほとんど何もしてないのに世話焼いてたのは一方的に保奈美じゃないか。あれじゃ、わたしはなおくんとつきあってますよーって保奈美が自分で言い触らしてたようなもんだろ」
「うん」
「‥‥‥うん、ってあのな」
「言い触らしたかった、かも知れない。ずっと前から。わたしは、なおくんの彼女になりたいです、って」
「誰に?」
「主に、なおくんに」
少し恥ずかしそうに笑いながら、しかし保奈美は、はっきりと頷いてみせた。
「ねえ、なおくんはこういう時、他の人たちが騒がしくしてる方がいい?」
「全然。そんなのいちいち相手するのも面倒だし‥‥‥いや、どうなんだろ? もしかしたら」
「もしかしたら?」
「騒がしくなってても、それはそれで嬉しかったのかも知れない。俺は保奈美の彼氏なんだ、って大声で自慢してる気になれそうな気がする、とか今ちょっと思った」
「それじゃ他人のこと言えないよ、なおくん」
「そうかもな。‥‥‥まあ、そんなの結局どっちだっていいんだけどさ。今、ここに保奈美がいて、それより大事なことなんて俺にはない」
そう言って直樹は保奈美を引き寄せ、保奈美の頭が直樹の二の腕にそっと落ちた。
「さて、そろそろ寝ないとな」
「もう寝てるよ?」
「違う、おやすみなさいの方だ。明日も学校だぞ。しかも一限からフカセン」
「早く寝ても結局なおくんは寝坊するんだから、あんまり変わらないと思うけど」
「うわ。身も蓋もないな」
「それで明日も学校へ行って‥‥‥わたしたちのこと、急にすごい噂になってたら、なおくんはどうする?」
「もうみんな知ってるんだから今更それはないと思うけど、でも本当にそんなことになってたら」
「うん」
「改めて、俺は保奈美の彼氏なんだって大声で自慢する」
「ふふっ。ありがと、なおくん」
「保奈美も自慢していいぞ? なおくんとつきあっ」
「おやすみなさーい」
「て‥‥‥まあ、いいか。おやすみ保奈美」
呆れたような苦笑を漏らして、直樹はそのまま瞼を閉じた。
言い触らさなくてもみんなわかってくれてるなら、わたしは、これからずっと独り占めの方がいいかな。
直樹の二の腕に頭を置いたまま、保奈美はそっと囁いた。それは音となって耳に伝わる声を伴わない、僅かな吐息と動く唇のかたちだけの囁きで、だから直樹には、保奈美が何を言ったのかはわからなかった。
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