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「あ、お兄ちゃん。ほら、綺麗だよ」不意に立ち止まって乃絵美が指差したのは、ショーウィンドウの向こうに飾られた何枚かの絵。
 「ん?」
 乃絵美の横から正樹が覗き込んだものは、どれも、真っ白い街並みと入り江の海、の絵ではあるのだが。
 夕暮れの紫に染まる白や、雲ひとつない空の下で目が痛くなるほどに照り返す白や‥‥‥たったひとこと「真っ白い街並み」と言ったくらいではとても語り尽くせないくらい、様々な表情を見せていた。
 「全部同じ街かな?」
 「そうじゃないか? ほら、みんな下にアルファベットで同じことが書いてあるみたいだから、それが地名じゃないのか?」
 「ん? あ、そうだね。ええと‥‥‥み‥‥‥みこのす」
 「みこのす?」
 「ん。そう書いてあるよね?」
 
 
 
 
 正樹の頭のでは、色とりどりの袴を履いた百人くらいの菜織が、その白い街の石畳を竹箒で一斉に掃除し始めていた。どうにも似つかわしくない光景だった。
 古式ゆかしい巫女装束と、一見して欧州を想起させる白い街は、感動的なまでに不釣り合いだった。
 しかしそれゆえにこそ、意味のわからない恐怖感は正樹の頬を引き攣らせた。
 例えばそれが氷川神社のように見える場所であったなら、そんな得体の知れない感情に捕われはしなかったのかも知れない。
 
 
 
 
「マズいぞ乃絵美。そこは何かヤバい。止めといた方がいい」三人くらいの菜織が頭の中の正樹に握らせようとする竹帚を振り払いながら。
 「え? 何? ど、どうしたのお兄ちゃん?」
 わけがわからずに困惑している乃絵美を無理矢理ショーウィンドウの前から押し立てて、「巫女の巣」と呼ばれたそこから、正樹はそそくさと離れていった。
 
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