校門に寄りかかって正樹を待つ。きっと奴は、今日も部活に出ようとしない。
「あら、もう部活おしまい? 早かったのね」
「げ‥‥‥なっ菜織‥‥‥」
意外に早くやってきた正樹に声をかけてみる。ついさっき授業が終わったばっかりなんだから、部活がおしまい、なわけないのよね。まあどうせこんなことだろうとは思ってたけど。
「ちっ‥‥‥毎度毎度先回りしてくれるよなあ」
「毎度毎度同じ先回りに引っかからないで欲しいわね」
数秒、睨み合う。瞳と瞳の間で火花が散ったりしたら、ちょっとらしかったかも知れない。
ややあって。
「ああもう、わかったよ。出るよ部活」
やけにあっさりと正樹が折れる。そんなこと言って、もともと私に止められたら出るつもりだったんでしょ。いつものことだし。
‥‥‥ところが、残念ながらコトはそんなにカンタンじゃないのよね。
「いいわよ別に、今日は出なくても」
「へ?」
「そ・の・か・わ・り」
正樹の袖を引っ掴んで歩き出す。今日の私は‥‥‥悪い子、なのだ。
▽
桜美町駅前、三島デパート。流石はこの界隈でピカイチの品揃えで知られるスポーツ用品売り場、今日も結構賑わっている。
私の目指す一角は売り場のいちばん奥にあった。NBA選手の等身大看板の向こう、壁一面にディスプレイされているもの。
「なんだ、買い物ってバッシュなのか?」
「ん。今使ってるのも大分痛んじゃったからさ、そろそろ新しいの見とこうかと思って」
「でも俺、そういうのあんまり詳しくないぞ」
「ああ、いいわよそんなの。そんなのあんたには全っ然期待してないから」
「あのな‥‥‥だったら誘う相手が違うんじゃねーのか? ミャーコちゃんとか詳しいかも知れないぞ?」
「あは、ごめんごめん。でもさ、私別にナイキのエアーがどうだのこうだのなんてプレミア話が欲しいわけじゃないもん。そんな曰くつきの逸品なんかじゃなくたって、バッシュがバッシュだったらそれでいいと思うんだけど」
「‥‥‥なるほど。それもそうか」
「ではでは。どれにしようかしらね」
早速、物色を始める。
「んで菜織、これっていつ履くんだよ?」
「そうね、出かける時と境内掃除してる時と‥‥‥っていうかまあ、ローファー履いてない時は大概これだわね」
あ、この赤いのカッコい‥‥‥げ、カッコいいけど値段はなかなかゴツいわね。ん〜、取り敢えず記憶には留めておこう。次。
「袴ん時も?」
「それはいつものことじゃない」
「あのさ。前から不思議だったんだけど」
へー、この白いのナイキの新作なんだ。ふーん。でもこんな並べた餃子みたいなのってあんまり好みじゃないな。次は、と。
「んー?」
「菜織って別にバスケはやってないんだよな」
「そうだけど?」
うーん、最近なんか黒いのが多いような気がするなあ。この列はあんまり趣味じゃない。パス。
「なんで菜織、袴はいてるのにいっつもバッシュなんだ?」
げ。‥‥‥突っ込むな。
「さあね?」
「あのな。勿体ぶったって何も出ないぞ」
「えーと‥‥‥まあ、趣味よ趣味。うん」
突っ込まれてたまるか。
「そっか。しっかし、つくづく変な趣味だよな。バッシュ履いてる巫女なんて他に聞いたことないぞ」
「だってそんなの、た」
だってそんなの、足袋だの草履だのじゃウチの石段全力で走れないからに決まってるじゃない。
‥‥‥本当は、あんたの足に追いついていけるなんて、ゴールまで一緒に走っていけるなんて全然思ってないけど、でも思ってなくてもね、もしもあんたがもう1回、そこらの陸上競技の大会なんかじゃなくて、あの日‥‥‥あんたが真奈美追っかけてったくらい本気で走んなきゃなんないって日がもし本当に来たりして、その時にまた私ひとりだけ置いてかれてぼけぼけーっと突っ立ってんのが死ぬほど嫌だから、に決まってるじゃない。
「た?」
なんて、言えるわけ、ないじゃない。‥‥‥思わず言おうとしちゃったけど。危ない危ない。
「あ、いやいや、何でもない何でもない。さってと、次は‥‥‥」
だからお願い。もうそれくらいで、詮索は勘弁してね。
「なんか、ごまかされたような気もするけど」
「細かいことは気にしないの。ほら、あっちの棚行くよ?」
▽
私の家に続く石段を上っていく。荷物は全部正樹に持たせた。
「うーん、しっかし高価かったわね」
「半分俺が出したんじゃねーか」
「まあまあ。たまにはいいでしょ? それくらいワガママ聞いてくれたってさ」
‥‥‥これはこれで、あんたのためでもあるんだし。っていうのはダメかな?
「そりゃダメだろ普通」
「え‥‥‥っ?」
ダメか。やっぱり。
「そんなん毎回毎回ほいほい頷いてたら何買わされ‥‥‥って菜織? 菜織?」
「え? ‥‥‥はい?」
「なんで急にそんな寂しそうな顔してんだよ?」
「え? え? なんでって、なんでって‥‥‥ああ。何でもないわ。うん」
言っちゃったわけじゃなかったのね。迂闊。
「何でもないって‥‥‥菜織、今日そんなのばっかりだな」
「そうかな?」
あんただからじゃない‥‥‥って、だから言えないわよそんなこと。
「さて、石段あと半分。正樹、競争しない?」
言うが早いか、いきなり私は石段を駆け上がる。
「競争って急に‥‥‥ってこら待て菜織っ」
慌てて正樹が駆けだしたらしい。足音が徐々に近くなる。ふん。追いつかれたりしてやるもんですか。
もっとスピードを上げる。‥‥‥本当は追いついて欲しくても、手加減なんかしてあげない。
それでいいよね? 取り敢えず、あんたと私は。
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