「違うよー、これダイヤじゃないよー」
「ホントだって。正樹くんそう言ってたし」
「だってダイヤって縁日で売ってるんじゃないよ? 100円とかじゃ買えないんだよ?」
「でもダイヤだもんっ」
真奈美の手には指輪が握られている。菜織の神社の縁日で正樹が真奈美に買ったものだ。
‥‥‥縁日で本物のダイヤモンドなど売っている筈がない。菜織は正しかった。
それは本当は、メッキされたプラスチックとガラスの粒だ。
見てわかる人には、それは割とどうでもいい争いに見えるのかも知れないが、本人同士は真剣だったのだ。
菜織は真奈美に本物のダイヤモンド見せてあげることにした。
大きな箪笥の上の方にある小さな引き出しの中に、お母さんの宝石箱が入っていることを菜織は知っていたからだ。お母さんは今日は留守。別に悪いことをするわけではないのだが、何となく、チャンスのような気がした。
ところが。
「よ‥‥‥っと‥‥‥あれっ!? わっわっ真奈美、椅子押さえて椅子っ」
「え? ‥‥‥えっ?」
椅子の上に爪先立ちの不安定な姿勢でどうにか引き出しから小さな宝石箱を取り上げたまではよかったが、その箱の意外な重さにバランスを崩した菜織は、結局その椅子から墜落してしまった。
投げ出された宝石箱の蓋が開いた。オルゴールが歌い始めた。指輪がふたつ、箪笥の方へ飛んでいった。それは空中できらきらと光を振り撒き、箪笥に当たってからんと小さな音をたて、畳の上でしばらく踊って、ようやく動きを止めた。かたん。今度は宝石箱が畳に着地し、うまく蓋が閉まったおかげでオルゴールも止まった。
「いててて‥‥‥椅子押さえてって言ったのに」
「急に言われてもわかんないよ」
真奈美が言い返す。タイミングがいきなりだったことは菜織も自覚しているのか、それ以上は言わなかった。
「ま、いいか。それでね‥‥‥」
散らばった指輪を菜織が拾い集める。
ひとつは小さな宝石の粒が埋め込まれたような銀色の指輪。
もうひとつは、台座に大き目の透明な宝石がひとつだけ填められた、やっぱり銀色の指輪。
「これ。こっちの大きい方と、小さい方もこの透明なのは全部ダイヤだよ」
「へえ‥‥‥綺麗‥‥‥」
真奈美はポケットの指輪を取り出して、ふたつ並べてみた。
「うん、ちょっと違うね‥‥‥」
「そうだね‥‥‥」
本当はそれは本物と贋物くらい違うのだが、もしかしたらもう、そんな細かいことは当事者ふたりにとってもどうでもよかったのかも知れない。夕暮れ前の光にきらきら輝くダイヤモンドが綺麗で、窓に向かって指輪をかざしたまま、腕が痛くなるのも忘れて、ふたりはそれをずっと見つめていた。
「ただいま‥‥‥あら真奈美ちゃん、いらっしゃい」
いきなり菜織のお母さんが顔を出す。
「うわああああああっ!?」
「えっあっあっあのっ、こここんにちはっ」
すっかりダイヤモンドに見入っていたふたりは、指先の宝石を隠そうとすることもできない。真奈美の笑顔が引き攣っている。
「あら、指輪出したの? 後でちゃんと戻しておいてね菜織‥‥‥って、みっつあるわね」
固まったままのふたりの手元を覗き込んだ。
「こっちのは真奈美ちゃんの?」
「え? あの、えっと‥‥‥はい」
「そう。大事にしないとね」
「あ、お母さん待って‥‥‥」
立ち去ろうとするお母さんに菜織が声をかけた。
「あのね、この‥‥‥真奈美の指輪がね、本物かどうか確かめたかったんだけど」
「ん? どうかしらね‥‥‥」
少し考え込む仕種の後に、お母さんは振り返る。
「まあ、ダイヤモンドが本物かどうか、って聞かれたら違うって言うしかないわね。だけど真奈美ちゃん、例えばそっちの、石が小さい方の私の指輪はね、真ん中のルビー以外は贋物。まわりのダイヤみたいなのは、本当は全部ダイヤじゃなくてガラスよ?」
「ええっ!?」
ふたりがかりで窓に透かしたり目に近づけてみたり、いろいろ頑張ってはいるが、宝石の真贋は結局わからない。
「うそ‥‥‥」
「これ‥‥‥贋物‥‥‥なの?」
「そうよ? おかげでその指輪、とっても安かったもの。どう菜織? 見抜けたかしら?」
気づいていたわけもない。菜織はがっくりと項垂れる。
「でもね。それがあなたにとって本物かどうかとか、そういうのは自分で決めていいことなのよ。あなたが大切に思えるものは、あなたの本物。そんなもんなの‥‥‥今は難しいと思うけど、きっと菜織にも、真奈美ちゃんにもね、そういうことがわかる時が来るわ」
菜織のお母さんの顔をぽかんと見上げている。ふたりには、今お母さんから何を聞いたのか、ほとんどわかってはいない‥‥‥何かとても、とても重要な話だったらしい、ことくらいにしか。
「その時になっても、真奈美ちゃんのいちばん大切なものがその指輪だったら、素敵なことね」
そう言い残して、お母さんは台所の方へ去っていった。
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