「ねえ正樹、これ本当に、このままで学校まで行くの?」
「仕方ないだろそういうルールなんだから。大体、これ思いついたの菜織なんだろ? 自分で言い出しといて何を往生際の悪い」
「うう‥‥‥」
この期に及んでもまだ菜織は落ちつかない様子で、襟を立てたロングコートの中に縮こまって、長い石段を必要以上にゆっくりと降りていく。
襟の奥には、行儀悪くコートのポケットに突っ込んだミトンとお揃いの、赤と黄色の縞模様で必要以上に目立つマフラー。それは正樹のマフラーともミトンとも同じ柄であり‥‥‥早い話、誰がどう見たってそれはペアルック以外の何物でもない。
最初から用意されていた二組のマフラーとミトンのうち、片方は最初から正樹に押しつけられることになっていた。
もう片方はその晩のゲームの結果次第で、大富豪から哀れな大貧民に下賜される手筈にもなっていた。
菜織の青写真と違っていたのは結果。
ただし、富豪で終わった正樹と貧民で終わった乃絵美については青写真の通り。
‥‥‥菜織の強さと真奈美の弱さを思えば、本来それはただの出来レースに終わる筈だったのに、
「じゃあ明日、ちゃんとそれ巻いて学校来てね」
「あれ、確かルールは『教室に入るまで取っちゃダメ』だったよね、菜織ちゃん?」
「だからどうしてそこでそういう余計なことを思い出すのよ乃絵美っ」
「あ、そうだっけ。それじゃ明日、教室で。楽しみにしてるからね。置いてきちゃダメだよ菜織ちゃん? 正樹くんもね」
大富豪のありがたいお言葉と共に、手放すつもりが戻ってきてしまったそれを、大貧民の菜織はありがたく頂戴するしかなかったのだった。
「なんでこんなコトになっちゃったのかしら?」
「菜織が負けたからだろ。それより菜織、俺には結果とか関係なく渡されるコトになってたって部分が釈然としないぞ」
「だって仕方ないじゃない。私と乃絵美がペアルックで学校行ったって全然罰ゲームにならないでしょ?」
「だからってなんでその罰ゲームに俺が自動的に参加させられるんだ?」
「いいのよ。女の子の方が恥ずかしいんだから。大体正樹、全然平気そうにしてるじゃない」
「平気なワケないだろ」
「あ、待ってよ正樹っ」
今更のように赤くなった顔をぷいと背け、菜織を置き去りにして自分だけ足早になる正樹を追いかけながら。
もしかしたら、ほんの少しくらいはこの事態を嬉しがっているのかも知れない自分をどうやって置き去りにしようか。実は菜織は、そんな埒もないことをずっと考えていた。‥‥‥もっとも、それを置き去りにすることなど実際にできるワケはなくて、恥ずかしいやら情けないやら嬉しいやらで複雑な様相を呈する菜織の表情は、校門近くで待ち構えていた真奈美と乃絵美に散々冷やかされた挙げ句、正樹共々さらに複雑化の一途を辿ることになるのだが。
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