「あら、真奈美ちゃん来てたのね。いらっしゃい」
唐突に襖を開けた菜織の母に驚いて、小さな菜織と真奈美は文字通り飛び上がる。
手に持っていたものを慌てて後ろ手に隠すが、
「なあに? 何かいけないことでもしていたの?」
隠そうとする動作の一部始終をそこで見ていた菜織の母が笑う。つまり全然隠せていない。
「あの、ごめんなさい」
「あっ真奈美っ」
観念した真奈美が両手を菜織の母の前に出した。菜織の制止は間に合わない。
そして、そこにあるのは、覆面をした神主が木の枝を背負っているような珍しい図像の奉書紙。真ん中に切り込みの入った、梅の絵があしらわれた台紙。
「じゃ、手紙の方は菜織が持っているのね?」
たったそれだけの情報から、菜織の母は簡単に、菜織が隠したものを言い当てた。
今度こそ観念したのか、菜織が恐る恐る差し出した手紙には細かく折り目が入っている。
「あのね、あのね、戻そうと思ったんだけど、折り方がね、わからなくなっちゃって」
「大丈夫よ。私が直しておくから。‥‥‥ちゃんと直るわよ。だからほら、泣かないの」
目に涙をいっぱいに溜めた菜織の頭に、やわらかな母の手がぽんぽんと触れる。
「それで、これ、何なんですか?」
「ん?」
真奈美にそう問われた菜織の母は、畳みかけた手紙をもう一度開いてみせた。
「懸想文っていってね、要するに中身はラブレターみたいなものなんだけど、まあ縁起物っていうか、んー、お守りね。売ってるものだし」
「ラブレター? お守り?」
「ラブレターを? ‥‥‥売ってる、の? 自分で書くんじゃなくて?」
口々に疑問が投げかけられる。
「ええ。ほらこの封筒の」
奉書紙の図像を指差す。木の枝を背負った、覆面をした神主。
「これが懸想文売りの人。昔‥‥‥そうね、明治時代よりも前、くらいの昔は、こういうのを売って歩いてる人がいたのよ。これは私がお嫁に来る前にいただいたものだけど。どこだったかしら、京都の神社に懸想文売りの人が出るって聞いたから、きっとまだ売ってるんでしょう」
「ねえお母さん、それじゃこれ、なんて書いてあるの? 誰のラブレターなの?」
「さあ?」
少し首を傾げてから、
「でも日本語には違いないもの。今の小学生のうちじゃないけど、中学か高校くらいでそういうの習うと思うわよ? お勉強なさい」
少し意地悪そうに菜織の母は笑ってみせながら、慣れた手つきで売り物のラブレターを畳んでしまった。
|