「‥‥‥だーっ! うるせーっ!」
突然、祐一はがばっと布団を跳ね上げた。
まだ外は暗い。時計のある方を見ても時間はわからない。
なのに、名雪の部屋の目覚ましが凄い勢いで鳴っていた。水瀬の家は決して壁が薄いわけではないが、それだというのに、ついでに祐一も起こそうとでも企んでいるかのような大音響だ。
「名雪! おいこら名ゆ」
部屋から飛び出した祐一は名雪の部屋のドアを開け‥‥‥途端に溢れ出す音の洪水に怯んで即座にドアを閉じた。
どうしてこの音ん中で平気で寝てられるんだあいつは。
今更ながら、名雪の妙な凄さにはむしろ感心さえする。
などと言ってもいられない。あまり意味はないが足音が立たないように自分の部屋に戻り、机の引き出しの奥をごそごそと漁って、ようやく見つけた耳栓を両耳に突っ込む。
部屋の明かりを点けたついでに時計も確認。大体ちょうど午前三時。
ちっ。舌打ちを漏らす。
昨夜、というかさっき、深夜のテレビを観てから床に入った祐一が寝ついたのは多分一時過ぎくらいだ。‥‥‥まだ二時間も寝ていないと判明した途端、何だか自分は途轍もない損をさせられているような気分になってきて、苛立ちを紛らわすためか今度はことさら足音の立つような歩き方で廊下を渡り、再び、名雪の部屋のドアノブに手を掛けた。
「入るからなっ」
一応宣言はするが聞こえている筈もない。耳栓を確認し、大きく深呼吸して、まるで深い水の中へ潜るように、小さく開けたドアから祐一は自分の体を滑り込ませ、すぐにドアを閉じる。
耳栓をしていても喧しいものは喧しい。慣れない異物が耳に詰まった感触に眉を顰めながら、暗い部屋の中を手探りで進みつつ、その手に触れた目覚まし時計を片っ端から止めていく‥‥‥止めても止めても止めても止めても終わりの見えない作業にいい加減嫌気が差してきた頃、
「あれー? ゆういちー?」
急に明るくなった部屋の奥で、身体を起こした寝惚け眼の名雪が目蓋を擦っている。
「どうしたのー? はやくねないとー、あしたー、おきられないよー‥‥‥ふあ」
「あのな! 何時だと思ってんだよ! 止めてくれよこの目覚まし! うるさいだろ!」
「んー? なにかいったー?」
耳栓をしている祐一の方にも名雪の声はあまり聞こえていないが、相変わらず名雪にも祐一の声が全然届いていないようだ。
しかも。
「あー、だめだよゆういちー、かってにとけいとめたら」
なんと名雪はそんなことまで言い始める。
「何だって?」
片方だけ耳栓を抜いた祐一の耳に、
「とめちゃだめー、だよー」
名雪の大きな声がようやく届いた。
「なんでだよ! うるさいだろこれ!」
「でもー、すこしくらいー、うるさくないとー、かえってー、ねむれないよー?」
「少しかよこれがっ!」
思わず声のボリュームを上げてしまうが、それでもまだ目覚ましの方が喧しい。
「んー‥‥‥わたしねむいからー、もうねるけどー‥‥‥あんまりいっぱいー、とめちゃー、だめだよー‥‥‥」
案の定聞こえていない名雪は、言うだけ言うとベッドの上にころんと転がってしまう。
「このやろー」
点いたままの明かりも気にならないのか、目を閉じた名雪はもうすーすーと寝息を立てていて、がっくりと肩を落とした祐一はそれ以上の抵抗を止め、明かりを消して名雪の部屋を出た。
自分の部屋のベッドに潜り込み、耳栓を外してみる。起こされた時よりはマシだが喧しいのは相変わらずだ。耳栓を耳に突っ込み直して、何だか冴えてしまった目を無理矢理閉じる。
名雪の奴、あんなのを子守り歌代わりにしてたのか。道理で鳴っても起きないわけだ‥‥‥つーか、なんかどっかおかしいんじゃないのか、あいつは?
あんな環境でも名雪はあっという間だったが、祐一が眠りの淵に落ちていくまでには、それから随分長い時間を要した。
ちなみに翌朝、夜更かしした上にそうして耳栓をしたまま眠った祐一は、自分の部屋の目覚まし時計が鳴っているのを聞き逃し、学校に遅刻した。
挙げ句、何故かきちんと出席していた名雪に「おはよう祐一」などと声をかけられた瞬間には殺意さえ憶えたが、席に着いた途端に机に突っ伏してしまった祐一にそれが実行できた筈もなかった。
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