簡単よ、と香里は言った。
忘れたいなら、もっと好きになれるものを見つければいいわ。それだけのことよ、と。
頬杖を突いて、曇った窓硝子を見つめているその横顔には、もうひとつ‥‥‥そんな風に簡単に見つかれば苦労はないけどね、なんて書いてあるように思えて。
少しだけ首を傾げた美汐は、香里の言葉の続きを待った。しかし、手元のカップから仄かに湯気を立てていた紅茶や、ウエイトレスが向かいのカップに勝手に注いだコーヒーが冷めてしまっても、待っていた続きの言葉が、待っていた通りに届くことはなかった。
あたしたち、似てるのかも知れないわね。
そんなのちっとも簡単じゃないって本当は知ってたり。
だから‥‥‥いつまでも、ずっと、ひとりぼっちのままだったり。
言ってしまってから、ほんの僅かに、香里は身を固くした。
届きすぎてしまった美汐には、届けすぎてしまった香里をまっすぐに見つめることができなくて。
硝子に映ったふたりの顔を美汐も覗き込んだ。それは酷く不鮮明で、だから美汐は、今の香里がどんな顔をしているか、に気づかないままでいることができた。
目の前で水滴が窓硝子を伝い降りた。それは、たどたどしく止まったり曲がったりを繰り返しながら、香里と美汐の間を滑る自分の軌跡で、懸命にふたりを結び合わせようとでもしているかのように、美汐には見えた。
香里が不意にくすりと笑みを零した。
もしかしたら私たちは似ているのかも知れない。美汐も、そう思った。
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