「まあ、こうやってだんだんおばさん化していくワケだ、天野も。もともとお」
とんっ。
「もともとおばさんくさかったとか言おうとしませんでしたか?」
先回りの台詞と、緑茶の湯呑みを少しだけ雑に卓袱台に置く音とで、美汐は失礼な祐一の言葉を遮った。
「よくわかったな」
悪びれもせずに祐一は笑い、
「もう慣れましたから。大体これで何度目だと思ってるんですか、毎年毎年この日が来るとそんなやりとりばかり」
こともなげに答えて、美汐は自分の湯呑みから熱い緑茶を啜る。
「それに」
ふうと一息。暖かい部屋の中でも、刹那、吐息のかたちに空気が滲んだ。
「以前ほどには、そういったことも気にならなくなってきました」
「気にならないって、それは天野が本当におば」
「だからといってそうぽんぽんと口に出して言われるのが愉快というわけでもありませんよ?」
眉根に僅かに皺を寄せて、そこまでを一気に言い切って、それから。
「年を経て、相応に古びてゆくことは、本当はとても自然で、とても素敵なことなのではないかと‥‥‥近頃は少し、そんな風にも思うので」
「‥‥‥なんかもう、悟りの境地とかだよな、そういうのって」
「そうですか? 普通のことを言っているだけ、だと思うのですが」
穏やかに微笑んで、緑茶をもう一口。
「ほら、昔話の結びの言葉もそうじゃないですか。それから、おじいさんとおばあさんは、いつまでもいつまでも、しあわせに暮らしましたとさ」
「もうおばあさんの話かよ」
「ええ。誰でも、いずれは。‥‥‥だって、そうならないためには、途中でいなくなってしまうしかないじゃないですか」
窓から差し込む陽光の梯子を見つめたまま、何でもないことのように美汐は言葉を綴る。
「それとも相沢さんは、真琴がおばあさんにならずに済んで、それで嬉しかったって思いますか?」
湯呑みを持ち上げかけたところで、図らずも、祐一の手が止まる。
「ですから、幾つになってもお誕生日はおめでたいのです。ほら、相沢さんも、もっと素直に喜んでくださっていいのですよ?」
「‥‥‥馬鹿」
持ち上げかけたまま、半ば宙に浮いていた湯呑みを置いて、祐一は、傍らの鞄から小さな包みを取り出した。
「ほれ」
ぶっきらぼうにそれを放る。
「わっ」
それはぽすっと音をたてて、正座した美汐の足の間に着地する。
「はいはいおめでとーございますっと」
「そんな投げ遣りな。やり直しを要求します」
「いいから早くそれ開けてくれ。今なら言えるって思ってること、俺がド忘れしたりしないうちに」
何故か恥ずかしそうに横を向いたまま、祐一は妙な要求をする。
「はあ‥‥‥?」
かさかさと開いた包み紙の中に、青い小箱。
「このことをどうやって切り出そうか、本当、さっきまで考えてたんだけど‥‥‥俺たちの話、って奴があったとしてさ」
「あ‥‥‥っ‥‥‥」
小箱の中には、窓からの光に青く輝く、宝石のついた指輪。
「それも、結末はさっきの昔話みたいだったらいいな、って思ったんだ。おじいさんとおばあさんは」
「はい‥‥‥いつまでも、いつまでも」
途中で溢れ出した涙のせいで、
「しあわせに‥‥‥暮らし‥‥‥」
そこから、美汐の言葉はよく聞き取れなくなってしまった。
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