ストール[26601109]  


  

 それは、突然起こった。
 何がきっかけだったのか、私には今でもわからない。



「え? えっと、あれ? あれ?」
 今は私の他には誰もいないのに、思わず口に出してしまった。
 マウスをぐるぐる動かしたり、キーボードをかちゃかちゃ押してみたりしたけど、画面は凍ったみたいに止まったままで、何の反応も返してくれない。
「う‥‥‥うそ‥‥‥」
 今まで普通に動いてたのに‥‥‥もしかして私、これ壊しちゃったのかな?
 って、とっとにかく、何とかしないと。このパソコンは祐一さんのなんだから、本当に壊れちゃったら祐一さんに迷惑が‥‥‥
 でも、どうやって?
 こんなパソコン、どうやって壊れたかもわからないのに、どうやって直せばいいのかなんてわかるわけないよ?



 頭を抱えていたら、窓の外、すっごく遠いところで、祐一さんの声が聞こえた気がした。
 ‥‥‥帰ってくる! 祐一さん、お買い物から帰ってきちゃうっ!
 頭の中が真っ白になった。
 がちゃがちゃキーボードを叩いたり、その辺にあったフロッピーディスクを抜いたり挿したり、CDを入れたり出したり、ボリュームのつまみを回してみたり。取り敢えず、思いついたことはみんなやってみた。
 何も起こらなかった。
 早く何とかしないと帰ってきちゃうのに。



 あ。もしかして、裏側のコードとか、そういうのをいじらないと直らないのかなあ?
 できればそんな恐ろしいことには一生気づかないままでいたかった、とも思ったけど、もうこうなったら仕方がないから、机の上に膝をかけて、テレビの上に手をついて、机の後ろ側をそーっと覗き込んでみた。
 蛇の巣みたいにコードがいっぱいいて、しかもやっぱり、何が何なのか全然わからなかった。手で触るのも恐かったから、それは見なかったことにして私は椅子に座り直す。
 手のひらが埃だらけになっていた。‥‥‥って、ああっテレビに私の手の痕が残ってるっ! これじゃ裏側覗いたことが祐一さんにバレちゃうっ!
 慌てて、床にあったティッシュの箱から何枚か紙を引っ張り出し、テレビの上の埃をきれいに払う。手形と一緒に埃もなくなっちゃったのは怪しいといえば怪しいかも知れないけど、それは何となく掃除したい気分だったとか何とか言えばいいことにした。ついでに手のひらの埃も拭き落としてごみ箱に捨てる。
 そんなことをしている間も、画面は相変わらず止まったままだった。
 ああ。祐一さんと一緒にコンビニへお買い物に行っていればよかった。祐一さんと一緒にいない時に、ひとりでパソコンなんか動かさなければよかった。インターネットが見てみたい、だなんて祐一さんに言わなきゃよかった。そんなこと思わなきゃよかった。
 頭の中が後悔に埋め尽くされていく。他のことが何も考えられない。
 こんなことで祐一さんに嫌われたりしたら、もう私、生きていけないのに。



 何故か突然、カッターナイフのことを思い出した。
 そういえば私の筆箱には、あの時のカッターナイフが入っていた。
 祐一さんごめんなさい‥‥‥お姉ちゃんもごめんなさい‥‥‥。
 私、もう‥‥‥今度こそ本当に‥‥‥もうダメかも知れない‥‥‥。
 でもこういう時、今までの思い出が走馬灯のように、とかよく言うけど、そういうのは見えなかった。ああいうのも、やっぱり見える人とそうじゃない人がいるのかな?
 そんなことを思いながら、筆箱からカッターナイフを取り出した。ちきちきと軽い音をたてて、プラスチックの柄から薄い刃が伸びてくる。窓からの光がきらきら反射して、どこにでもある普通のカッターナイフなのに、何だか、とっても綺麗だった。
 あ。最後に、遺書を書かなきゃ。
 せっかくパソコンの前にいるんだから、パソコンで遺書を書こうかな。
 ‥‥‥紙に手で書くのとどっちがいいかを随分悩んで、でもやっぱりパソコンで書くことに決めた。こんなことを手で書いた手紙になんか、この世に残って欲しくなかった。
 改めて、私はパソコンに向き直った。



 パソコンは、あれからずっと、止まったままだった。



 だから、そのパソコンが止まっちゃったからダメなのに、止まってるパソコンで遺書なんて書けるわけないよ。
 自分のやろうとしていたことがあんまり馬鹿みたいで、何だかおかしくて、笑ってしまった。
 いいもん。壊しちゃったもん。開き直っちゃうもん。
 もうダメだなんて、そんなこと簡単に考えちゃう私なんか大っ嫌い。
 だからもうやめた。死ぬのなし。遺書もなし。
 ‥‥‥カッターナイフをしまった筆箱を握って、ひとりでくすくす笑い続けている私を見て、
「どうした? 何か笑えるホームページでもあったのか?」
 いつの間にか帰ってきた祐一さんが不思議そうに言った。



「あれ? ストールしてるなあ」
 マウスをちょっと動かしただけで、祐一さんはそう言った。
「もしかして、ずっとこんなだった?」
「はい。祐一さんが出掛けてから、ずっと」
「そっか‥‥‥じゃあ今まで何もしてなかったんだ。ごめん、こんなことが起こるんだったら、俺も買い物なんか行ってる場合じゃなかったな」
 祐一さんが謝ることじゃないのに。
「‥‥‥あの、これ‥‥‥直りますか?」
 恐る恐る、聞いてみた。
「まあ、このままにしといても直らないと思うけどね」
「えええっ!?」
 私にとって、その言葉は死刑の宣告にも等しかった。また目の前が真っ暗になる。
「だからもう、電源切っちゃう」
 気が遠くなりかけた私の目の前で、祐一さんは、いきなりコンセントからコードを引き抜いてしまった。
 微かに低く唸っていたパソコンは急に静かになった。画面が真っ黒になった。
「まあ、こういうのは時々あるんだけどさ。気にしなくていいよ、すぐ元通りになるから」
 言いながら、抜いたコードをコンセントに挿し直して、パソコンのスイッチを入れる。
「え‥‥‥それ、だけ‥‥‥ですか?」
 たったそれだけで、数分後には調子よく動いていた時と同じ状態に戻っていた。
「うん。それだけ」
 こともなげに言いながら、祐一さんは笑った。
 た‥‥‥たったこれだけのことがわからないばっかりに、カッターナイフまで取り出しちゃった私って‥‥‥。
「しょっちゅうあるわけでもないけど、起こる時は起こるからな。こんなの慣れれば別にどうってこと‥‥‥どうした?」
 私って本当に馬鹿な子で‥‥‥本当、おかしくておかしくて‥‥‥笑いが止まらなくて、ちょっと涙も止まらなかった私を、祐一さんに見られるのが嫌で、
「‥‥‥心配しなくていい。大丈夫。もう、大丈夫だから」
 抱きついた私の頭を、祐一さんはずっと撫でていてくれた。

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