「だーるーまーさーんーがー」
菜織の声が境内に響く。
「こ」
転んだ‥‥‥まで言い切ることを警戒したのか、子供たちは一旦ぴたっと止まり、そしてまた動き出す。
「ろん、だっ」
振り向いた菜織の視界の中で、子供たちはまた一斉に動きを止めた。片足でよたよたと立っている男の子が辛そうだ。
早めに次を始めることにして、菜織はまた鳥居と向き合う。
「菜織ちゃん、いるかな?」
「確か今日は保母さんのバイトだから、いる筈だけどな」
長い石段をのんびりと上がってきた正樹と真奈美が境内に辿り着くのと、
「転んだっ!」
そう言って菜織が振り返ったのが、大体、同時くらいだった。
「え? ‥‥‥え?」
いきなりでワケはわからないが、取り敢えず正樹はそこで動きを止めた。
しかし真奈美はあたふたと周囲を見回している。
「はーい真奈美ー、こっち来ようねー」
「なに? 何なの?」
まだ状況が掴めない真奈美は、首を傾げつつも呼ばれた通りに菜織に寄っていく。
「忘れちゃった? だるまさんがころんだ、って。昔やったじゃない」
「ああ‥‥‥うん、憶えてる、けど」
「で、私は鬼。真奈美は鬼に捕まっちゃった可哀想な人」
「えっ」
嫌に深刻な顔で、真奈美はすぐ側の菜織の顔と、少し離れた正樹の顔を見比べている。
「大丈夫よ。正樹がすぐ来るわ。‥‥‥捕まえちゃうけどねっ」
意地悪そうに、菜織はにいっと笑ってみせて。
そして。
「インド人のふんどしっ!」
鳥居に額をつけるなり、短くそう叫んですぐに振り向く。
「うわっ何だそれっ!」
「なおりせんせー、ずるいーっ!」
「はんそくだよーっ!」
子供たちの半分くらいと、そして正樹が、そこで何やら文句を言いながら笑っている。
それは『静止している』とはとても言い難い有様で。
「はい正樹、それからユウキ、タカヒロ、カズマ、イツミちゃん、アヤカちゃんもこっちねー」
いともあっさりと捕まってしまった正樹が真奈美と手を繋ぐ。
「助けてくれると思ったのにいっ」
「ご、ごめん」
嬉しいような悲しいような、難しい表情の真奈美に見つめられて、正樹は照れたように頭を掻いた。
「おにーちゃんてれてるー」
「やーいやーい」
「う、うるさいっ」
「はいはい、子供相手にムキにならないの。続けるよー? だーるーまーさーんーがー」
‥‥‥結局、日が暮れるまでそれは続いて。
子供たちがみんな帰って行った頃には、正樹も真奈美も、何の用があって菜織に会いに来たのか、すっかり忘れてしまっていたのだった。
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