「あの、あのね直樹、そんなことないって思ってるんだけど、でも、もしかして、直樹って」
もぞもぞと身を捩りながら、どこか明後日に目を逸らしたまま、
「ああ」
「ちっちゃい女の子の方が、好き?」
満足に聞こえるかどうかも微妙な小さな声で美琴が尋ね、
「‥‥‥は?」
文字通り、直樹の目は点になった。
微妙に気まずい沈黙がふたりのベンチの周囲を何度も回る間も、夕暮れ時の公園は大半が親子連れの活気に満ちている。
そろそろ夕食の支度でも始めるのだろう。何人かの母親が子供の手を引いて公園を後にしていった。
別にそういう趣味があるワケじゃなくても、たまたまそんな話になってしまっていただけに、遠ざかっていく小さな女の子の背中が何だか気になってしまう。
ひとつ溜め息を吐いて、直樹はぐっと背を反らし、ベンチの背もたれに寄りかかった。
「ちっちゃい女の子って何だよ? 俺がロリコンかどうかとか、今更そんな心配してるのか?」
「ああっごめんなさいっ! でも、でもねっ」
別に直樹がそういう攻撃をしようとしているわけではないのだが、美琴は思わず、頭を守るように両手を頭上にかざす。
「うん。でも?」
「でも‥‥‥ほ、保奈美に‥‥‥あの保奈美に、わたしが、勝ってることっていったら!」
自分が口にした『保奈美』という言葉につられるように、突如、ボリュームは跳ね上がるが、
「だって保奈美だったんだよわたしのライバルは! そしたら、保奈美に勝ってることなんて‥‥‥ないけど、でも強いてあげればもうちょっとその、プロポーションが幼いっていうか、性格も幼いっていうか、何かとにかく、ちっちゃいことくらいで‥‥‥っていうかやっぱりそんなの勝ちじゃないけど‥‥‥だから直樹、もしかしてちっちゃい子好きなのかなって‥‥‥もっと胸とか全然なかったり‥‥‥そこの子たち見てたら、何か、そういう‥‥‥」
しかし言葉を連ねるほどにボリュームは絞られていき、結局最後には、やっぱり何を言っているのかよくわからなくなってしまう。
「それで、俺に本当にそういう趣味があったら、美琴はどうするんだ?」
「え、うーん‥‥‥幻滅する」
「そりゃそうだな」
苦笑を漏らす。
「それから、それからわたし、ちっちゃくなる。こう、永遠に十二歳くらいとか、そんな感じ?」
無茶苦茶なことをさらっと言う。
「十二歳って、どこから出てきたんだよそれ? 大体、できるわけないだろ、そんなの」
「しゅーん」
今にも泣きそうな顔。
「‥‥‥怒ってる、よね、直樹?」
上目遣いの表情と、遠慮がちに尋ねる言葉。
「ああ。怒ってる。少し」
言われて下を向きかけるおとがいに指を添える。
「保奈美がすごい奴なのは俺だってよく知ってるよ。でも俺、別に、保奈美と美琴のどっちがすごいか、秤にかけて選んだわけじゃないぞ? 保奈美と比べてどうとかじゃない。美琴だから、俺は美琴がいいんだ‥‥‥保奈美が相手だったとか、そういうの気にして美琴が辛かったのもわかるけど、でもそういう、いちばん大事なトコを信じてもらえてないって感じるのも、やっぱり、ちょっとは悲しい」
「ん‥‥‥だから、そしたらわたし、いいんだよね? わたしで?」
「当たり前だ。永遠に十二歳くらいなんて、お前本当に俺をロリコンにする気か? そんなになったら俺の方が幻滅だぞ」
「そりゃそうだね」
「それでその後は、立派なロリコンになれるように努力する。‥‥‥本当はあんまり好きじゃないけど、でも美琴がそんな作戦で来るんだったら、俺だって覚悟を決めるしかないからな」
「あは‥‥‥うん‥‥‥うんっ!」
思わせぶりに顔をちょっと傾け、目を閉じる美琴の額を、直樹はおもむろにぺしっと軽く叩く。
不満げに目を開けた美琴は、周囲の視線が自分に集中していることにようやく気づいて、火がついたように真っ赤な顔を俯かせる。
まだおとがいに引っ掛かったままの直樹の指が不意に持ち上げられる。
そうして‥‥‥衆目の集まる中、まるで見つめる衆目に向かって何かを宣言するように。
突然のことに目も閉じられずにいる美琴の唇を、直樹は、奪う。
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