「ねえねえ。さっき思い出したんだけど、みんな年末年始ってどうするの?」
授業が終わるなり、美琴が直樹の席に寄ってきた。
「年末年始? え」
「ええとね、まず年末は、大晦日になおくん家が大掃除の予定で」
直樹の言葉に被せるように保奈美が話し始める。
「大掃除するんだ?」
「おじさまとおばさまが戻ってくるのは三十日のお昼過ぎとか夕方とか、そのくらいになるって聞いてるよ。でもそうすると、年末のお休みは実質的に大晦日だけ、っていうことになっちゃうでしょ? なおくん家って割と大きいし、一日しかないんじゃ大変だから、わたしも手伝いに行くんだけど」
「え‥‥‥」
何故かはわからないが、渋垣家の内部事情に保奈美がやたらと詳しい。
複雑な表情で直樹は腕を組む。
「親父の予定まで把握してんのか‥‥‥」
「把握っていうか、連絡があったんだよ、茉理ちゃんとおばさまから別々に、一回ずつ」
「何も考えてないの直樹だけじゃないか、それじゃ」
弘司も話に入ってきた。
「何も考えてないって言うな‥‥‥っていうか、他所ん家の保奈美を毎年毎年アテにするっていうのも、何かこう、それどうなんだ、っていう気もするというか」
「そうはいっても、実際に人が要るってことの方は、直樹の気分で何とかできることじゃないんだし」
「まあ、そりゃそうだが」
「それに、本当にそう思ってるんだったら、藤枝の家の大掃除も手伝ってくればいいんじゃないか?」
そこまで聞いた直樹の顔が、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になった。
「‥‥‥誰が?」
「‥‥‥お前が」
数秒、言葉もなく見つめ合うふたり。
「え? いや、なんでそうなるんだ?」
「だってお前、藤枝に何か恩返ししたいんだろう」
「恩返しっていうか‥‥‥どっちかっていうと、渋垣家の内部の事情はなるべく渋垣家の人間だけで完結させた方がいいんじゃないかというか、こう」
直樹の言葉は妙に歯切れが悪いが、
「それでそれ、可能なのか?」
弘司はそんなことには頓着しない。
「大晦日にならないと家族が四人揃わない一軒家で、年内に大掃除を終えようと思ったら」
当然、方法はふたつしかない、といえるだろう。
大晦日になる前から大掃除を進めておくか。
大晦日の一日で片付けられるだけの要員を揃えるか。
「とはいえ、茉理ちゃんならともかく、ものぐさな直樹に『冬休み前半を丸々使って大掃除を進めておく』なんて殊勝な心掛けはないと思うけど」
「うっ‥‥‥」
「つまり、実質大晦日しかない、っていう藤枝の読みは当たってて」
流石は弘司。
久住直樹という人間をよく理解している。
「となれば実際、人使うしかないわけだ。で、それが藤枝に悪いと思うんだったら、藤枝ん家でも同じくらい大掃除に貢献してくればいい。‥‥‥ええと、俺、何かおかしいこと言ってる?」
そこで視線を転じると、
「ううん、全然」
にこにこ笑って保奈美はそう答え、
「何もおかしくないと思うよ? うん」
そう言いながらひとつ美琴も頷く。
「というわけだ」
「というわけ、って言われてもなあ‥‥‥」
「でもね、広瀬くんの言ってることって、いいアイデアなんじゃないかと思うな。困った時はお互い様っていうことでしょ? 保奈美とか直樹の予定にそういう余裕があるんだったら、わたしも手伝って欲しいくらいだよ」
「いやいや」
「‥‥‥なに赤くなってんだ直樹?」
「いやいやいやいや」
弘司の言う通り、ぶんぶん手を振ってみせる直樹の頬がやや顔い。
「本当だ。どうした‥‥‥あー」
突然、にっ、と美琴が笑う。
「直樹ー、女の子の部屋だからって、何かやらしいこと考えてるでしょー?」
「いやいやいやいやいやいやいやいや」
「どう見ても『図星』だな‥‥‥」
「ああ。『ファンタジーゾーン』とかのこと?」
何か合点がいったのか、ぽんと手を打った保奈美は、
「ふぁんたじーぞーん? って、何?」
首を傾げた美琴を他所に、
「いや、だから保奈美それは」
「それだったら、別に気にしなくても‥‥‥なおくんに見られて困るようなものは持ってないから、わたしの家とか部屋のことは気にしなくてもいいよ? それに」
それはそれはにこやかに、
「ほら、なおくんの部屋のどこに何が隠してあるかは、わたしはもう大体知ってるし」
「どわあああああっ!」
実に爽やかに、そう言って微笑んだ。
「ええと、隠してある、って‥‥‥その、やっぱり、そういう奴?」
美琴の上目遣いが保奈美に向けられている。
「うん。多分そういう奴‥‥‥言っちゃダメだった?」
にこにこ笑いながらぺろりと舌を出してみせる。
「言っちゃってから確認するとか嫌がらせかよ」
「まあまあ。ほら、なおくんがどういうの隠してるのかとか、そういうこと言っちゃったわけじゃないし」
「それでそれで? どういうの隠してるの?」
「ん? ええとね、最近見つけたのは‥‥‥あれ、タイトルは何だっけ。系統でいうとね」
「だから待てこら! 言う気満々じゃねえか!」
直樹が止めなければ、ファンタジーゾーンの秘密は本当に白日の下に晒されてしまっていたかも知れない。
「んー。‥‥‥ああ、そしたら美琴、なおくん家の大掃除、美琴も手伝いに来ない? そうすれば」
「そ・れ・だ! 是非是非、手伝わせてくださいであります隊長!」
「はーい。さらにひとり確保、と」
「ちょ、おま‥‥‥」
こいつら絶対、大晦日は部屋に入れない。
心の中でだけ、直樹は固く誓った。
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