「直樹ー、このジーパンそろそろヤバいよー?」
風呂場の方で茉理がぼやいている。
「んー? 何が?」
「コレよコレ」
ドアから首を突っ込んだ直樹の、ちょうど顔の位置をめがけて、丸められたジーパンが飛んできた。
「‥‥‥うおあっ」
それは空中でもすっと鈍い音をたて、ドアの向こうにばたばたと慌てたような足音をたてさせてから、ようやく床に落ちる。
「ほらあ、膝なんかほとんど擦り切れちゃいそうじゃない。ってうわ、お尻のとこのポケットなんかもう破れかけてるし! 重症ですねー」
茉理は今度は、居間の明るい蛍光燈にさっき放ったジーパンを翳して、何やら実況見分を続けている。
「楽しそうだな茉理」
「楽しいワケないでしょ」
そう言ってはいるが、その割に楽しそうに見えるのも事実ではあった。
「ボっロいの着てるわねー。こんなんじゃモテないわよ?」
「やかましい。っていうかモテたらマズいだろ」
「少しくらいモテる人でいてくれた方が彼女としては嬉しいけどね。ほら、お互いに、一途ってトコに胡坐をかくようなのはよくないと思うしさ」
そこのところだけは妙に真剣味のある表情で、茉理がそんなことを言う。
そうかもな、と直樹も思う。
「だがな。よく聞け茉理、こういうのはヴィンテージと言って」
「はいストップ」
矛先を逸らそうとした直樹を冷たく制して、ひとこと。
「ヴィンテージとかゆーコトは、このジーパンで古着屋さんのお兄さんを言いくるめてから語ってくれる?」
「私が悪うございました」
そう言われてはぐうの音も出ない。直樹は潔く敗北を認めた。
「素直でよろしい」
笑いながら茉理が頷く。
「ねえ、だから今度服買いに行こ、直樹。つきあってあげるから」
「このジーパン穿いて?」
「そうそうこのジーパンを‥‥‥って、おいおい」
「それでコレを古着屋に売ったら俺は何を穿いて帰ってくるんだ? まさかパンツ一丁で」
「だからその前に売れないっつーの! っていうか、別のジーパン買って穿けばいいでしょ? 真っ昼間からパンツ一丁で何するつもりよ」
「‥‥‥うーん」
「そこ、真面目に考え込まないように」
「まあ買い物はいいけど、結局茉理の荷物の方が大きくなるからなー。どうせ全部持つの俺だし」
「うわ聞きましたか奥さん! こんなかよわい女の子にあんな大荷物持たせる気ですよ!」
「誰が奥さんだ。大体、そんな大荷物になるような買い方しないだけで随分楽になると思うが?」
「いいのよ、どうせ全部直樹が持つんだから」
「結局俺かよ!」
例えば、さっき茉理が回した脱衣所の洗濯機はもうとっくに止まっているし、こんなことでもなければ直樹が済ませている筈だった夕食後の洗い物がまだそのままシンクの中で待ってもいるのだが‥‥‥お互いの他にギャラリーもない漫才は、それでも、まだまだ続いていくらしかった。
|