「ジャノメってどういう乗り物なのかなあ?」
居間のカーペットに寝っ転がって肉まんなど齧りながら、突然、真琴がそんなことを言った。
「は? 何だいきなり?」
「今日、幼稚園でやったのよ。あっめあっめふっれふっれかーあさーんがー♪ って」
その歌には祐一も憶えがあったが。
「乗り物なんて出てきたっけ?」
「だってその次は、じゃっのめっでおっむかっえうっれしっいなー♪ でしょ?」
どうでもいいが微妙に音程が外れている。‥‥‥そういうところが、もしかしたら園児たちには好かれているのかも知れないが。
「そうだったけど」
「だから、お母さんは迎えに来てくれる時って、ジャノメに乗ってきてくれるんでしょ?」
「‥‥‥ああなるほど。雨降りの日だから、きっと屋根とかついてる乗り物なんだね」
名雪がぽんと膝を叩く。
「簡単に納得するなお前も」
「どうして?」
「だっとてお前、見たことあるのか?」
「え? ないけど」
「多分それって古い歌だからな。その頃そこら辺にいた普通の子供が、雨が降ったからお母さんが迎えに来てくれるのを楽しみにしてる歌だろ? その時にジャノメとかいうのが乗り物としてあったんだったら、どうして今、俺たちはそれを見たことがないんだ? 誰か学校でひとりくらい、それ使ってお母さんが迎えに来ててもいいんじゃないのか?」
祐一はあくまで、その存在に懐疑的らしい。
「んー、きっと、お母さん忙しいからだよ。働いてるし」
やけに小難しい顔をして真琴がそんなことを言う。
「だから保育園は子供がいっぱいいるんでしょ?」
「うーん、一理ある。とても真琴の思いつきとは思えない」
「なによー? 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよねっ」
真琴はぷいっと明後日の方を向いた。
「それとも、ジャノメっていう乗り物よりも、最近は車の方が便利だから、かなあ。‥‥‥うーん、人力車とか?」
続いて、首を傾げるのは名雪だ。
「人力車か。なるほど。‥‥‥でも人力車だったら、お母さんは乗ってなくてもいいんじゃないのか?」
「そうだよ! だからお母さん、忙しくてあんまり一緒に乗って来てくれなくなっちゃったんだよ!」
「そうか。そうだね。車だったらお母さんが運転しないといけないよね」
「ジャノメって人力車のことだったんだね! よーし、明日みんなに教えてあげるよ!」
嬉しそうに宣言すると、もう舞い上がっている真琴はいそいそとマンガを畳んで居間を後にした。
「‥‥‥名雪、本気でそう思ってるのか?」
「うーん、よく知らないけど‥‥‥違うんじゃないかな、とは思ってるよ‥‥‥」
真琴の背中を見送りながら、祐一と名雪はひそひそと言葉を交わす。
‥‥‥無論それは間違いであり、ジャノメというのは蛇の目傘のことであり、翌日早々、得意満面で「ジャノメ人力車説」を提唱し、その十秒後には他の保母さんの指摘を受けて凹むことになるのだが。
ともかくも今、真琴はしあわせだった。
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