人気のない公園の隅とはいえ、一応まだ昼間のうちで、生け垣の向こうの大通りには人目も少しはある筈で。
「放せよ! 放せってばっ」
「うぐうっ‥‥‥あっ祐一くん! 祐一くんってば! 見てないで手伝ってよーっ!」
何やら男の子を羽交い締めにしたあゆがその男の子に振り回されて困っている姿は、通りすがりの祐一には、昼間の公園らしい光景、には見えなかった。‥‥‥珍しいものを見た、と祐一は思う。
「つーか、何やってんだあゆ?」
「いいから捕まえるの手伝って! 食い逃げだよ食い逃げ!」
「違うって言ってるだろっ」
違うかどうかは知らないが、その男の子は確かに右手に紙袋を握っている。
「いいから落ち着け。ほら、そっちのお前も」
取り敢えず話を聞くことにして。
「ボク、猫じゃないよっ」
「そんなこと誰も間違えないから大丈夫だ」
「うぐぅ‥‥‥」
祐一は、男の子を羽交い締めにしたあゆの首根っこを掴み、ずるずるとベンチまで引っ張っていく。
「で?」
「この子がね、この子があっちのたい焼き屋さんでたい焼き買って、お金払わないで逃げたんだよ!」
「‥‥‥なんか、あゆみたいな奴なんだな」
「そんなことないもん!」
よく臆面もなく『そんなことないもん』とか言うよなコイツも。‥‥‥思ったが、それは言わないことにして。
「それで? 何がどうなってるんだ?」
次に祐一は男の子に向き直る。
「だから今ボクが説明」
「こっちの子に聞いてるんだ」
あゆが口を挟もうとするが、祐一はそれを許さなかった。
「で、どうした?」
男の子はだんまりを決め込んでいる。
「あのな。おかしなことをしてないなら、何があったかきちんと伝えた方がいいぞ? でないと俺は、こっちのたい焼き星人から聞いた情報が正しい、としか思えなくなるぞ? それはまずいだろ?」
「たい焼き星人じゃないもん!」
「だから今はこっちの子に聞いてるんだ。五月蠅いぞたい焼き星人」
「うぐぅ‥‥‥」
「つまり、病気で入院しているお母さんに、たい焼きを買ってあげようと思った」
ぽつぽつと、男の子が言うことには。
「そこのたい焼き屋さんで注文はしたんだけど、その時に、実は財布を家に忘れていたことに気づいた」
どうしていいかわからなくなって‥‥‥渡された紙袋を持ってそのまま逃走した。
「まあ事情はともかく、やったこと自体は確かに万引きだな」
男の子の頭に、祐一はぽんと手を載せた。
「悪いことしてる、ってわかってるよな? だったらいい。俺たちは別に、警察に突き出そうとか、そういうことがしたいワケじゃない」
それから、財布を取り出して、五百円玉を一枚摘み出して。
「今から、自分でもういっぺん、そのたい焼き屋へ行くんだ。今俺に言ったことを話して、家からお金持って来たって言って、これをおじさんに払っとけ。ちゃんと謝るんだぞ?」
「祐一くん、優しいんだね。あんな風に、ボクにしてくれたこと、なかったよね」
不機嫌そうにあゆが呟く。
「そりゃ、あゆみたいな常習犯じゃないかも知れないからな」
「だからあれは借りてるだけだって」
「返すアテがないから、同じ万引きの犯人を捕まえて、たい焼き屋に機嫌を直してもらおう、とか思ったんじゃないのか?」
「うぐぅっ!」
「‥‥‥図星かよ」
祐一は溜め息を吐いた。
「あいつの言ってたことは確かに嘘かも知れないけど、そんなの関係なく、あゆがやってたことはちょっと子供っぽいぞ。そこら辺のガキじゃないんだから、そんな変なトコで知恵使った気になってないで、返すもんをきちんと返せ。な?」
がっくりとあゆが項垂れる。
「嘘‥‥‥だったのかな?」
「いや。確かめてないからわからん。確かめたくもないしな」
祐一は、今度はあゆの頭を撫でた。
「あんなことばっかり繰り返してるような奴なら、そのうちまた誰かに捕まるだろ。捕まえた奴がみんな俺みたいに黙って放してくれるわけじゃないから、いずれはそれで痛い目に遭うこともあるかも知れない。でも、言ってたことが本当のことだったら、さっきの奴は多分もうそんなことはしない。それならそれでいいだろ? 本当に困ってたんだから」
「‥‥‥ん」
「それからまあ、あゆのいつもの言い訳も、あれくらい何か考えて言えばいいのに、とかちょっと思ったけどな」
「あーっ! それじゃボクがいっつも何も考えてないみたいじゃないかあっ!」
「違うのか?」
「うぐぅっ! 祐一くんなんか嫌いだよっ!」
思い切り不機嫌な顔のあゆがぷいと横を向いた。
「わかったわかった」
宥めるように言いながら、ベンチから立ち上がる。
思い切り不機嫌な顔をしていた筈なのに。
「一応まあ、いいことではあったワケだからな。今日のたい焼きはご褒美に俺が奢ってやろう。‥‥‥行くぞ、あゆ」
「あ、待ってよ祐一くんっ!」
‥‥‥あっという間に、あゆの機嫌も直っているのだった。
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