「私たちと久住くんたちの間には、すごい時間の隔たりがありました。でも」
相変わらずゆっくりした口調でほわほわと喋りながら、
「取り敢えず、間に百年ありますけど、人間のしくみや営みは、いろいろと一緒でしたよ?」
結は、その小さな身体に不釣り合いな、やけに大きなお腹をさすった。
「うん、生きてる生きてる‥‥‥現代人と未来人のハーフかあ。ねえ、どんな子が生まれるんだろうね?」
愉快そうに恭子は笑って、結に当てていた聴診器を離す。
「どんなって、普通の子ですよ。元気な子であって欲しいですね」
当然のようにごく常識的な回答に終始する結。
「単純に平均しても五十年は未来を先取りしてる子なんだから、それなりの芸は欲しいところよね。例えば角が生えてるとか、尻尾が生えてるとか。あ、背中に羽根があるのっていいと思わない?」
他人事のお気楽さ全開で奇怪な可能性を指折り並べたてる恭子。
「うわ、ひどいです! 恭子先生は一体、久住くんを何だと思ってるんですか!」
「って、自分に尻尾が生えてる可能性はいきなり無視して、久住のせいなの?」
「生ーえーてーまーせーんーっ!」
きゅっと握った小さな手をぶんぶん振って抗議する。
「こらこら暴れないの」
駄々を捏ねる子供をあしらうような、その慣れた手つきが悔しくて結はますますヒートアップするが、残念ながら、届かないものは届かない。
結局諦めたのか、深く溜め息を吐いた結の前に、緑茶の湯呑みとプリンのカップが差し出される。
「むー。プリンなんかで懐柔されませんよ! 怒ってるんですからね、私は」
「蓋めくりながらそういうコト言うのって、教師以前にオトナのオンナとしてどうかと思うのよね」
「うっ‥‥‥でも怒ってます、怒ってますよっ」
早くも緩みかけた結の顔がまたむくれ顔に戻るが、それでも蓋をめくろうとする手が止まらないのは流石であった。
「そんなひどいこと言うなんて、私、怒ってるんですからね。恭子先生、スプーン!」
「わかった。わかりました結センセ。降参。だからさ、そろそろ素直に懐柔されてよ」
苦笑を堪えながら、恭子は突き出された手のひらにティースプーンを載せる。
「‥‥‥怒ってるんですからね?」
その台詞の後ろ半分くらいのところで、結は笑ってしまう自分を我慢することができなくなっていた。
「現代とか未来とか、私はそんなこと、どっちでもいいんですよ。この子は、久住くんと私のハーフですから。私なんか作り物だって言ったのに、それでも私を抱きしめてくれた久住くんと、そんな久住くんを好きになった私のハーフなんですから。もう、それだけでもう、すべては赦されていいんです」
「羽根が生えてても?」
「もう! そんなことありませんってば! ‥‥‥えっと、でも、だから私は構わないんですよ? 羽根が生えてても。尻尾が生えてても。ね?」
指の間にティースプーンを挟んだ手で、最後に「ね?」と声をかけた相手を愛おしげに撫でる仕種。
‥‥‥なんだかんだ言ったって、結局この世は幸せ者の勝ちか。
心の中でだけひとりごちて、眩しいものを見つめるように、結を見つめる目を恭子は少し細めた。
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