「ねえ祐一、前から不思議なんだけど」
寝転がったままマンガを読んでいた真琴は、不意にそう言って顔を上げ、テレビの方を見た。
「ん?」
「これ、じんしゅのるつぼ、ってトコなんでしょ? ‥‥‥どれが壷なの?」
居間のテレビの中にはニューヨークの街並みがある。確かについ今しがた、人種の坩堝と呼ばれるニューヨークでは、とか何とかナレーターが言っていた。ニュース番組の特集コーナーで、確か内容は犯罪の若年化がどうこうとかいうドキュメンタリーだ。
ごほん。咳払いをひとつ。
「真琴、るつぼってどういう字を書くか知ってるか?」
「え? わかんないけど」
「流れる壷、って書くんだ。昔は流刑って刑があって、遠くの島とかに島流しにされたりしたんだが、途中で囚人が逃げないように壷に入れて運んだのが『流壷』の始まりで、そのうち、そうやって人が流れてくる場所のことも『流壷』と呼ばれるようになった」
テレビの方を指差す。画面の中はインタビューで、逮捕された少年がその後の心境を語ったりしているようだ。
「だからほら、『人種の流壷』とか呼ばれてるトコは治安が悪いだろ?」
「へえ。そうなんだ」
感心したように真琴が頷く。嘘だが。
「もう。嘘ついちゃダメだよ祐一?」
が、そこで、今まで黙々と妖怪こたつみかん役に徹していた名雪が突然横から口を挟んだ。
途端に真琴がこっちを睨む。ちっ。
「あのね真琴ちゃん。るつぼのる、は『流れる』じゃなくて『留まる』だよ」
何だって?
「いろんな国からやってきた人たちがそんな風に集まって、周りにいるのは自分とは違う場所から来た人ばっかりだけど、でもそこに来た人はみんなそこのこと好きになって、なかなかそこから帰りたがらないからそう呼ばれてるんだって」
とはいえ、まあ名雪らしいといえば名雪らしい説、ではあるかも知れない。嘘だが。
‥‥‥って、わかってて言ってるんだよな、名雪?
「では問題だ真琴。流れる壷と留まる壷、どっちが正しい『るつぼ』だと思う?」
「名雪の方!」
‥‥‥即答かよ。
「だって祐一意地悪だもん」
「ねー」
「ねー」
‥‥‥しかも意気投合かよ。
何というか、どうもこう、名雪と真琴と俺の組み合わせはこんな風になりやすいような感じがちょっとした。
「やっぱり、女の子同士なのかな」
「ん、そうかもね」
名雪は笑って、それから、ミカンに意識を戻す。
その頃にはもう、テレビの中でもニューヨークの話は終わっていて。
明日は全国的に晴れの予報ですが、気温がちょっと低めなので、暖かい格好でお出掛けくださいね。
‥‥‥代わりにそこにいるお天気キャスターがにこやかに告げるのを聞き流しながら、それも嘘だったらおもしろいな、なんてどこかで思ったりもしてもいた。
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